敦賀原発廃炉へ!学生でも見ればわかる活断層の真上なぜ建設?

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「今まで何事もなくてよかった」

   司会のみのもんたが思わずそう漏らした。日本原子力発電敦賀原発のことだ。きのう10日(2012年12月)、原子力規制委員会は福井県敦賀市の敦賀原発2号機の真下を通る断層が活断層である可能性が高いと認めた。国の指針では活断層の真上に原子炉建屋など重要な施設を設置してはいけないことになっている。このため、敦賀原発の再稼働は認められず廃炉に追い込まれる公算が大きくなった。

安全よりも「地元反対少ないところ」に造られてきた原発

   敦賀原発の敷地内には浦底断層と呼ばれる活断層が通っている。以前から1、2号機の真下を通る断層が浦底断層に引きずられて動く可能性が指摘されていたが、今回の専門家の調査によってその恐れは大きいと判断されたのだ。田中俊一委員長は「今のままでは再稼働の安全審査はできない」と述べた。1号機の下にも断層があり、運転開始から40年を超えているのでこちらも厳しい状況だ。

怖い

   みの「なんでこんなところに原発をつくったのか」

   コメンテーターの杉尾秀哉(TBS解説・専門室長)「もともと1号機をつくったときの設置許可の段階では浦底断層がわかっていなかった。技術の進歩でいろんなことがわかってきたといえるが、同時にこれまでの審査が甘かったともいえます」

   潟永秀一郎(「サンデー毎日」編集長)は「東京新聞に出ていましたが、学生が見ても活断層とでもわかると。これまでは(原発立地を)土地が入手しやすいとか、人家が少ないとか、漁業権の問題とか、科学的ではなく、社会的要因で決めていた。今度こそ、科学で判断してほしい」

   福井県出身の三屋裕子(スポーツプロデュサー)「こういうところに原子炉があったのかと思うと、怖いっていうのが最初にきますよね。もうひとつ、地元からすると、40年、50年これを中心にして経済がまかなわれていたと考えると、今後の経済と安全面のバランスを誰が判断してくれるのか、そこが一番心配ですね」

周辺住民「雇用なくなる。火力でも天然ガスでも作って!」

   「何をいまさら」と思っているのは、地元の敦賀市も同じ。1970年、大阪万博会場に「原子の灯」をともしたのは敦賀原発だった。文字通り原発城下町として歩んできた街で、廃炉となれば4000人の雇用が失われるという。「不安もあるが、なくなったらとてもやっていけない」と語る市民の願いは切実だ。「原発に見合うような代わりのものをつくってほしい。火力でも天然ガスでもいいから」と訴える人もいる。河瀬一治市長は「まだ(再稼働の)可能性も残っているんじゃないかと理解している」というが、「(廃炉になれば)大変厳しものになると想像はできる」と動揺は隠せない。安全神話に基づいた甘い審査のツケが回ってきた。

文   一ツ石 | 似顔絵 池田マコト
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