被災地の暮らし復活に壁「店舗出せない」「漁民流出」「復興青写真なし」

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   高さ10メートルの堤防の上に立ち、司会の羽鳥慎一は「こんなに高い防潮堤を軽々と乗り越えたのか」と、改めて大津波の恐怖を実感していた。2年前の3月11日午後2時46分。東日本大震災によって発生した津波が東北・北関東に押し寄せ、大震災による死者は1万5881人、行方不明者は今も2668人にも上る。羽鳥が三陸地方を訪れた。

岩手県宮古市「他の町に移転したい」が半数

   岩手県宮古市の田老地区の住民は「私の母はこの防潮堤を乗り越えた津波にのみ込まれた。こんなに高い堤防を作っても意味がなかった」と無念そうに語る。菓子店を営んでいた田中和七さんは被災直後、「もう1度街を再建して以前のような活気を取り戻したい」と語っていた。しかし、「その後、田中さんの菓子作り工場は高台に移転しましたが、町から店舗は以前の場所には作れないといわれ、家業を諦めざるを得ませんでした」と羽鳥は伝えた。宮古市が住民にアンケートをしたところ、48%が他の町に移転したいと答えたという。

今も決まっていない

   岩手県山田町では湾内に牡蠣の養殖いかだが約800以上浮かんでいる。漁協関係者は「津波以降、漁業人口が半分になってしまった。漁業に従事する人の流出が止まらない」と語った。スタジオには山田町の小学生が描いた絵が貼られていたが、羽鳥は「どれもきれいな街並みの絵ですが、実際には海の近くに今でも更地が多く残っています」と伝えた。

   キャスターの赤江珠緖「どこにどんな街を作るか今も決まってないのですね」

   羽鳥「山田町では復旧・再生・発展の3段階に分けて、2020年までには復興を行う計画です」

大地震、津波に加えて原発事故の福島…人口流出が止まらない

   コメンテーターの石原良純(タレント・気象予報士)はこう話す。「いつまでも復興を待っていられない。津波から2年も経っているのに青写真すらできていないというのはスピード感に欠けていますよ。高齢者も多いのだから、何とか早くできないものなのか」

   青木理(ジャーナリスト)は「被災した福島、宮城、岩手県のうち、もっとも人口流出が激しいのが福島県です。地震と津波の他に、原発事故があったからで、大都会で使う電力を福島の原発に依存していた。大都会の暮らしのあり様を、私たちも考え直す必要がある」と語った。2年前の3月11日直後、みなが「これまでの日本でよかったのか」と考えたはずだ。しかし、日常が戻った都会ではその思いは少しずつ薄れ、政治は原発事故がなかったかのように動き出している。

文   ナオジン | 似顔絵 池田マコト
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