藤圭子の死に作家・五木寛之「生きづらかったのではないか。時代の流れは残酷」

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   歌手、藤圭子(62)が22日朝(2013年8月)、東京・西新宿にある高層マンションの13階ベランダから飛び降り、自殺した。藤を見い出した作詞家の石坂まさをが今年3月に病死し、23日夜には偲ぶ会が都内で開かれる予定で、藤も出席することになっていたらしい。

   藤が衝撃のデビューをしたのが、石坂が作詞・作曲した「新宿の女」(1969年)。それから40年以上が過ぎ、すっかり変貌した新宿を散り場所に選んだ。

ドキュメンタリー撮った田原総一郎「『夢は夜ひらく』で若者の元気をつかまえた」

   リポーターの山崎寛代によると、藤は30代男性と6年前から同居していたらしい。警察の話では、男性は「別の部屋で寝ていたので気づかなかった」「自殺の理由は分からない。トラブルはなかった」と驚いた様子で話したという。遺体は引き取り手が決まらず未定という。

求めきれなかった姿

   藤のドキュメンタリーを撮影したことがある田原総一郎(評論家)は「ちょうど時代は全共闘時代。みんなが世の中を否定、否定。つまり、生き方を、世の中を徹底的に批判・否定しながら、『夢は夜ひらく』で若者の元気をつかまえた」と述懐する。

   元気をもらったというよりも、若者たちがあのしゃがれた声に共鳴したのは事実だった。同世代の吉永みち子(作家)がこんな感想を言う。「石坂さんの偲ぶ会が今夜あるというのに、この夏の暑いときになにを思ったのか。『新宿の女』のデビュー曲がとても印象に残ってるんですよ。その新宿で自分の人生を終えるという、どんな思いがベランダでよぎっていたのか。自分の青春時代と重なるような気がして、万感迫る思いです」

「『演歌』でも『艶歌』でもなく、間違いなく『怨歌』」

   作家の五木寛之も「モーニングバード!」にこんなコメントを寄せた。「1970年のデビューアルバムを聞いたときの衝撃波忘れがたい。これは『演歌』でも『艶歌』でもなく、間違いなく『怨歌』だと感じた。当時の人々の心に宿ったルサンチマン(負の心情)から発した歌だ。このような歌をうたう人は金子みすゞ(童謡詩人・26歳で自殺)と同じように生きづらかったのではないか。時代の流れは残酷だとしみじみ思う」

   吉永も藤の死について、「表の世界が明るく成長していく中で、人として取り残されていく部分、その影の部分をうたう人と私たちは思っていた。彼女自身も幼いころから苦労したこともあって、それに合わせていた。分かってほしい。でも、自分の実態が自分でも分からなくなって、自分の姿を求めきれなかった感じがします」

   スポニチの記者が3年前に藤にばったり会った。「話し相手がいなくて寂しい」と話していたという。

文   モンブラン | 似顔絵 池田マコト
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