2024年 4月 23日 (火)

テリー伊藤「第二夫人」発覚でシドロモドロ…もう芸能人スキャンダルいじれない!?

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<「テリーさんは奥さんとは長らく別居状態にあると聞いています。この女性は、『第二夫人』と呼ばれるAさんですよ。Aさんは会社員で五十代。テリーさんとAさんとの関係は長い。その付き合いは、もう二十年近くなるはずです」
   「いわゆる不倫関係ですよね。 二人が出会ったのはAさんが三十代の頃。テリーは一目で彼女のことが気に入って『好きだよ、マジだよ、本気だよ』と口説いたのです。Aさんも『面白い人』とテリーを気に入り、ゾッコンになった。出会った当初、テリーはAさんの家に入り浸っていた。テリーは『Aちゃんへfromテリーwith love』 という、傍から見ると歯の浮くようなメッセージを送ってくることもあった」>

   みのもんたの息子スキャンダルに続いて、今度はやはりテレビで『ご意見番』として正論を吐いているテリー伊藤の女性問題が『週刊文春』によって発覚した。最初のコメントはテリーが代表を務めるTV番組制作会社「ロコモーション」関係者、次はAさんの知人である。

   テリーはもともと演出家として「天才たけしの元気が出るテレビ!!」(日本テレビ系)や「浅草橋ヤング洋品店」(テレビ東京系)などの人気番組を手がけてきた。 1990年代後半からは演出家では飽き足らなくなったのか、タレント活動やコメンテーターをやり始める。みの同様、『正義面』して政治や芸能人のスキャンダルを断罪していたが、自分がその立場になったらどうするのかが見物である。

   この不倫関係、テリーの周囲では有名な話で、私もテリーとかつて一緒に仕事をしたことがある人間からも、Aさんの姉である某作家からも聞いていた。Aさんの知人がため息をつきながらこう語る。

<「二十年近く不倫関係のまま、Aさんは今も独身。以前は頻繁に会っていたのに、最近は不定期に会うだけだそう。周りからすれば、奥さんとの別居も長いわけですし、テリーにはケジメをつけて欲しい。何しろAさんは三十から四十代の女盛りを全てテリーに捧げたんですから……」>

   週刊文春によると、テリーはかつてアダルトビデオの安売りで一世を風靡し『ビデオ安売り王』として知られた日本ビデオ販売元社長・佐藤太治氏をスポンサーにして、アダルトビデオ会社「ソフト・オン・デマンド(SOD)」という会社を佐藤氏と設立していたというのである。<「テリーさんは、口癖のように『AVって本当に儲かるんだね』と言っていて。そこで僕からAV会社を作ろうと持ちかけ、私が三千万円、テリーさんが一千万円を出資して、計四千万円でSODを設立したのです」(佐藤氏)>

   さて、テリーはどう答えるのか。返答次第ではみのの二の舞になり、コメンテーターの座も危うくなる。ところが、Aさんとの関係はと聞かれて、普通の友達ですよと答えたが、最近会っている写真を見せられると、その後はしどろもどろ。

<テリー「あーっ! あれ、それ……。デートじゃないよ。どここれ? ああ、そうだ彼女の飼っている犬が死んでさ……」
――彼女の犬が死んだ?
   テリー「いや、全然関係ないと思う(笑)。これ、どこかもわかんないんだよッ。女友達ですよ」>

   妻とは別居もしていない、Hも何年もしてないと逃げているが、これではこれから芸能人の不倫問題にはコメントしづらくなるのは必定だろう。潔く認めないのは、まだテレビにしがみつきたいからなのだろうか。こんな男と袖すりあった女が哀れではある。

「秘密のケンミンSHOW」も危なくなってきたみのもんた!スポンサーから苦情

   かたや「みのもんた騒動」は、みのが記者会見して「朝ズバッ!」などを降板するといったが、週刊誌は「まだ許さへんで!」と詰め寄っている。なかでも週刊文春の論調に「まいった!」とばかり、みのは(渋々?)インタビューに応じている。それを紹介してみよう。

<「いったいどこまで僕の人格否定をすれば気が済むんですか。次男の事件だけならまだしも、私の人品骨柄、収入まで全否定していますよ。もはや『人格否定』ではなく『存在否定』です。私はこの世から消えていなくなればいいんですか。文春さん、なんでここまで書かれなきゃいけないのか教えて下さいよ。普通、何かを論じる場合には『寸止め』をするじゃないですか」>

   よほど週刊文春に書かれたことが堪えたと見え、こう続ける。<「会見でも語りましたが、活字の批判が厳しくなって、辞めざるをえないような風潮になってきた。(中略)特にひどかったのが文春さん。最初の事件、これは仕方がない。(中略)で、最新号の『みのもんたの品格』、あれが決定的でした。記事に書かれてあるように、そんなに僕は品がないのか、と思い、正直ショックを受けました。あのタイトル、やられたなと思いましたね」>

   次男には厳しくしてきたと記者会見でも話したが、ここでもこう答えている。<「次男には厳しすぎたくらいだ、と思ってます。ただ、しっかり者の長女やお兄ちゃんがいて、末っ子の次男はヤンチャだったけど、どうしても可愛いんだよね。(中略)

   僕は命がけでやってきた、一番大事な報道キャスターを辞めたんですから。いまでも報道キャスターをやりたいと思っています。いつかまた絶対に、その場所に戻ってくるつもりです」>

   当人はここへきても「報道バラエティ番組のご意見番」程度ではなく、「報道キャスター」だと思っているようである。みのはバラエティ番組は降板しないと強気だが、『週刊新潮』によれば、その席も危ういというのだ。日本テレビの幹部社員によれば、<「会見でみのが慰留されたと語った、読売テレビ制作の『秘密のケンミンSHOW』も、スポンサーからの苦情で、これ以上続けるのは難しい。すでに局内では、来年3月までで打ち切るか、大幅にリニューアルすることが内定しています」>

   週刊新潮はこう結んでいる。<総理と食事をしたと自慢し、我が家の春を謳歌できなければ、報道になど価値を見出さないのが、みののみのたる所以だろう。もはや八方塞がりでも、方々積み残した思いにとらわれ、成仏は遠そうである>

   いやはや、私には縁遠い話だが、もし万が一何かスキャンダルを起こしても、週刊文春、週刊新潮に追われるのだけは避けたいものだと、つくづく思う。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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