やなせたかし「格好悪いヒーロー」に込めた「もう戦争は嫌だ」本当の正義は献身と愛

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   アンパンマンの漫画家・やなせ たかしが亡くなって半月たつが、悼む声がやまない。38歳で漫画家としてデビューしたもののずっと鳴かず飛ばずで、アンパンマンがテレビアニメとして大ヒットしたのは69歳のときだった。遅咲きの漫画家人生といわれるが、時間をかけて実力を養ってきた大器晩成型の人生だったのではなかったか。

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   実は、アンパンマンのキャラクターにたどり着くまでの苦悩を示す幻の作品「飛べ!アンパンマン」があることが分かった。そこには自らの戦争体験に裏打ちされたやなせの叫びがすでに描かれていた。以来、やなせは漫画だけでなく、詩集や作詞などの作品を通じて「本物の正義とは何か」「何のために生きるか」を問い続けた。

売れない漫画家人生…自分重ねた幻の作品「飛べ!アンパンマン」子供たちが飛びついた!

   自分の顔の一部を食べさせる。その特異なヒーローが生まれた背景には、やなせが歩んだ人生が色濃く投影されている。24歳で中国戦線に出征したやなせは、飢えに苦しみながらも戦争の正義を信じて戦ったという。ところが、敗戦を境にその正義の戦いが一転し悪魔の軍隊と呼ばれるようになった。

「正義のための闘いなんてどこにもない。正義はある日突然反転する。逆転しない正義は献身と愛だ。目の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人へ一片のパンを与えること」(「アンパンマンの遺言」より)

   戦争はやなせに生きる意味を問いかける。自分より気力も能力も優れていると思えた弟が特攻隊に志願し戦死した。なぜ自分は生き残ったのか、なぜ生きるのかという重い問いかけだった。

   39歳で漫画家デビュー。すでに手塚治虫らが活躍し、ヒット作品にも恵まれず、求められるままに舞台美術やラジオの脚本などの仕事を引き受け、「困ったときのやなせさん」というあだ名までついた。不遇のなかで、なぜ生きるのかという問いかけの答えを見出したような作詞を42歳に時にしている。今も子どもたちに盛んに歌われている「手のひらを太陽に」だ。初めて「アンパンマン」と題された大人向けの奇妙な漫画も創作している。主人公はお腹をすかした人にアンパンを配って回る小太りの男だ。

   京都国際漫画ミュージアム学芸員の倉持佳代子さんは、流行していた正義のヒーローへの批判が込められていたと次のように指摘する。「マントを汚さずに飛び去っていく当時のヒーローは、壊した町がどうなったか分からない。そういうヒーローって、本当の正義なのか。お腹がすいて困っている一人ぽっちの寂しい人のところにはそういうヒーローはなぜか現れない。誰をいったい助けるんだろう。そんな疑問があって描かれたのだと思う」

   しかし、この漫画は売れず幻の作品になった。そこで今度はやなせ自身を投影した、売れない青年漫画家を主人公にした「飛べ!アンパンマン」を描く。企画を編集者に持ち込むが、「こんなみっともない主人公では受けませんよ。エロも欲しいし、怪獣も出ないんじゃね。売れないのは悪です」と一蹴されてしまうというストーリーだった。お腹をすかせ倒れそうになったとき現れる不格好なアンパンマンが主役でで、「さー、オレの頬っぺたをかじれよ、遠慮しないでガブリといけ」と助ける。やなせの考える本当のヒーローが初めて描かれたのだが、大人向けの暗い漫画は話題にもならなかった。

   ところが、この作品が思わぬ方向へ歩み始める。出版社から子ども向けの絵本にする企画が持ち込まれたのだ。やなせは迷いながらも作品をシンプルに描き直したところ、子どもたちから爆発的な反応があった。この絵本の出版から15年後、テレビアニメ化され大ヒット作品となった。

東日本大震災で心にしみた「アンパンマンの自己犠牲」

   キャスターの国谷裕子「本当に人を救おうとするなら、自分を傷つけずにはできないんだという自己犠牲のメッセージは深くて重いものがありますね」

   やなせと交流があった弥生美術館の中村圭子学芸員はこう話す。「本当に難しいと思いますね。いざ、そういう立場に立たされたときにはなかなかできないし、私もできない。それをしみじみ感じたのは東日本大震災のときです。

   ガレキが撤去されないうちは復興できないというなかで、ガレキを受け入れるところが見つからなかった。今こそやなせ先生のメッセージを思い出す時じゃないか、アンパンマンに試されているなと感じましたね」

   やなせの作品は国のために個が犠牲になった戦争体験を通じて、生きる意味や本当の正義とは何かを問いかけた。戦争体験者が少なくなってきている現在、作品の根底に流れるやなせのメッセージは深く重いといえる。

モンブラン

NHKクローズアップ現代(2013年10月30日放送「アンパンマンに託した夢~人間・やなせたかし~」)

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