徳洲会「医療の理想」どこに忘れてきたのか…医師会の妨害跳ね返そうとのめり込んだ政治

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   日本最大級の民間医療グループ「徳洲会」が揺れている。昨年12月(2012年)の衆院選で鹿児島2区で当選した自民党の徳田毅氏の選挙運動で、「徳洲会」 が560人の運動員に1億5000万円もの報酬を払った公選法違反(買収)容疑だ。運動員はグループ病院の職員で、前例のない組織的な違反の様相を呈している。

   東京地検特捜部と警視庁は12日(2013年11月)、徳田議員の姉2人ら徳洲会幹部6人を逮捕し、議員の父でグループ創始者の徳田虎雄前理事長(75)も、選挙を指揮していたとして在宅で取り調べている。

「徳田毅議員、大差で勝たせろ」全国の病院に飛んだ指令

   明らかになった買収選挙実態はこうだ。衆院選公示の2週間前、徳洲会本部から傘下の病院に徳田の選挙区への職員派遣の指示があった。名目は「研修」で、勤務は欠勤扱い。指示書には「読後破棄」とあった。公選法は運動員への報酬の支払いを禁じている。研修は知覧の特攻平和会館の見学だけ。選挙運動はボランティア扱いで、欠勤分の給料は減っていたが、年末のボーナスで「研修手当」として埋め合わせてあった。その前の選挙でも同じやり方で、文書が残っている。

   NHKが入手した選挙事務所のホワイトボードの写真には、選挙区の地域名の脇に運動員を派遣した病院名が並ぶ。「千葉」は薩摩半島の1900世帯、「岐阜」「滋賀」は鹿児島市内3000世帯…。全国から来た看護師や薬剤師は担当の地域の1軒1軒を回って歩いた。別のボードには各戸の反応が◎○△×などで記され、集計結果から次の重点地域が決められた。選挙はもともと自民党有利だったのに、なぜそこまでやるのか。運動員は「大差で勝つことにこだわった」という。徳田は圧勝で3選を果たした。

   政治への傾斜は徳田前理事長からである。徳之島の出身で、医師になって掲げた理念が「命だけは平等だ」。30代で病院経営に乗り出し、離島や僻地などの地域医療に力をいれ、「24時間365日」の救急受け入れで地域に根付き、いま全国に350余の病院・施設をもつ巨大グループである。一部では地域の中核を担っている。

   この徳洲会の前に立ちはだかったのが医師会だ。病院の建設には都道府県知事の許可がいる。医師会は知事に圧力をかけ、各地で徳田と対立した。徳田の政治の始まりだった。昭和58年の最初の立候補は医師会の推す候補との激しい闘いの末落選。平成2年、3度目の挑戦で議席を得た。とたんに状況が変わった。活動の幅が広がり、徳田は与論島をはじめ奄美群島に6つの病院を作った。

   ところが、平成5年に自民党に入党が決まった10日後に取り消しになる。医師会の圧力だった。徳田は平成6年に新党「自由連合」を立ち上げ、8年から13年まで国政選挙で延べ361人の候補を立て続けたが、徳田以外は全員落選だった。

捜査当局の狙いは「連座制による当選無効」

   徳田は10年前、筋肉が萎縮する難病ALSにかかって車イス生活になった。手足は動かず声も出せない。議席は次男の毅氏が継いだが、選挙の指揮はとり続けた。前回選挙でも、秘書がかざすひらがなのボードをカッと見開いた目で追って指示を出していた。鬼気迫る映像だった。

   今回は逮捕されていないが、議員の姉2人が逮捕された。捜査当局が目指すのは「連座制」の適用だ。家族に禁固以上の刑が確定すると、議員の当選は無効になる。徳田議員は13日、自民党を離党した。

   こうした徳洲会の現状を川渕孝一・東京医科歯科大大学院教授は、「すでに40年の歴史がある。当初は異端児だったが、地域医療への貢献、経営の上手さでいまは模範児だ。ただ、政治への傾斜で原点を見失った。何とか再生してほしい」という。

   かつて徳田は「貧富や住む場所で医療に差があってはならない」「日本の医療を変える」「全国に総合病院を作りまくる」と気を吐いた。医師会が横やりがなかったらとつい思ってしまう。全国の医師会はいまほくそ笑んでいるのだろうか。

NHKクローズアップ現代(2013年11月14日放送「揺れる巨大医療グループ 徳洲会・不正選挙の実態」)

文   ヤンヤン
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