<生きたい たすけたい>(NHK総合)
「2011年3月11日」446人が耐えた夜!健気な子供、障害児守る保育士、懸命に役目果たす職員や男たち…気仙沼でこんなことが起きていた

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   3年前(2011年)の3月11日の午後2時46分。自宅にいた私はいつもとは違う強くて長い揺れに驚いた。初めは柱に身を寄せ、次いで周囲が壁だから安全だと思ってトイレに入り、それでもまだ揺れが続くので玄関のドアを開けて道に飛び出し、頭をかばいながら身を伏せていた。収まってから見回すと、誰も表に出ていないのにまたびっくり。家の中に戻ってみたらガスストーブが点けっぱなしだった。

   震源地や震度を確認するためにテレビをつけ、それからはずっとつけていたので、その後に起こった事態をリアルタイムで見ることになった。夢を見ているような信じがたい思いで、ただ「あれよ、あれよ」と口を開けているだけだった。漁港の岸壁はあっという間に波に呑まれ、発泡スチロールの魚箱やコンテナが浮かんで漂いだした。そのうち、止めてあった車まで押し流されていった。

   そんな中で、あの渦中にあった人々はどういう目に遭っていたのか。このドラマはあの日、宮城県気仙沼市で実際にあった出来事が基になっている。

人はもともと助け合って生き延びる生き物なのだ

   地震直後、6メートルの津波が来るという警報で、障害児施設の園長(原田美枝子)や保育所の所長(余貴美子)に連れられた子供たちはじめ、大勢の老若男女が中央公民館に避難してきた。その数446人。

   2階の部屋に集まった時にはまだ余裕があったようで、蒲鉾屋さんは蒲鉾の心配をし、子供を迎えに来た母親たちは連れ帰ろうとしていた。化粧直しをしている人までいたが、これも当時の様子を再現しているのだろう。

   しかし、すぐに津波警報は10メートルに変わり、慌てて3階に上がる。上がりきったとたん、水は2階の天井にまで達し、窓には怒涛が押し寄せる。海の方を見た瞬間、みんなの表情が凍りつく。

   夜、雪が降ってきて、火事も起こるが消火活動はできない。文字通り、水と火の海の中で人々はわずかな備蓄品を分け合って一夜をしのぐ。子供たちに水を飲ませるが、ペットボトルの水をビンからではなくフタに注いで「ゴクゴクじゃなくてゴックンしたら次の人に回してね」と言われ、その通りにする子供たちがなんとも健気だ。パニックにもならず、公民館の職員は適切な指示を出し、保育士は子供たちを何としても守ろうとし、屈強な男たちは子供たちを背負って一番高い所に担ぎ上げる。その姿には感嘆するが、自然でもある。

   よく、「人間はエゴイスティックな生き物で、自分さえよければ他人がどうなったっていいと思っているものだ」とか、「他人を思いやるなどというのは偽善だ」などと利いた風なことをシニカルに言う人がいるが、そういう人こそ観念的だと思う。なぜなら、ヒトは安全のために集団で生きる方向に進化した生き物で、集団の存続を図るようにできているからだ。

   結局、ロンドンに住む園長の息子と携帯がつながり、息子が「拡散希望」で送信したメールが巡って東京都のヘリコプターが救援に降りてくる。実際に救援の指令を出したのは当時の猪瀬知事だったというのがちょっと感慨を誘う。(3月11日よる10時~)

(カモノ・ハシ)

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