「齋藤誠哉」グレた中学生から立ち直った高校球児!あすのドラフト指名待ち

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   プロ野球のドラフト会議(新人選択会議)があす23日(2014年10月)に行われる。注目されているのは複数球団から1位指名されると見られる最速157キロの右腕投手の安楽智大(済美高校)だ。

   しかし、「あさチャン!」が取り上げたのは磐田東高校の左腕、齋藤誠哉だった。中学時代にグレて野球どころではなかった齋藤を立ち直らせた山内克之監督との二人三脚を追った。

ピアスの穴にツッパリ髪型...野球推薦も次々不合格

   齋藤の出身地は青森県。小学4年生から野球を始め、中学は強豪校で寮生活を送った。その力量は地元でも有名だった。ところが、才能におぼれてあぐらをかいてしまったのか、周囲の期待の重さにつぶれたのか、グレて「野球は一応やってはいたけど身が入らず、やる気もなかった」という。高校進学も野球推薦で行けると考えていたのも甘かった。

監督の熱量

   「面接受けたときに、ピアスの穴とか髪型とかで『何だこれ!』みたいな...。いろんな高校に行ったが落ちちゃった」と話す。そんな時に手を差し伸べてくれたのが、甲子園出場経験のない磐田東高野球部の山内監督だった。監督は「最初は眉毛もないし、大変な子が来たなという感じで、1か月もつかなという感覚だったんです。ただ、優しさが残っていたのが見え隠れしていたので、これは救いがあるなと思いました」と述懐する。

身に染みた磐田東高校野球部監督の「教え」

   野球部は部員が監督と一緒に暮らす寮生活だった。まかないの担当は監督の妻、雅子さんで、朝4時半から起きて朝食の準備をする。齋藤はその食堂のドアに監督が書いた箇条書きの『教え』が「好きだ」と言う。「繰り返してならぬものは過失」「笑ってならぬものは人の失敗」「お金で買えぬものは信用」「人に与えるものは人情」「通してならぬものは我意」...

   監督が救いはあると見抜いた通り、齋藤は変わっていった。「最初はあまり可愛くなかったが、変えようという姿が出てきて可愛くなった。そのまんまだったら張り倒して終わりだよ」と監督は笑う。その齋藤は「恩人というか、(監督に)見放されていたらここにいないです。支えてくれたから今ここにいると思う。感謝です」と話す。

   キャスターの齋藤孝「監督の持っている熱量が変えていったと思いますね」

文   モンブラン | 似顔絵 池田マコト
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