「Touch in my heart」さらっと言ってのける素敵だったテレビ界の大先輩

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   生放送を終えた後は、どこかやっぱり興奮している。とくに夜の生放送は目がランラランと輝いてしまっていて、疲れてそのままベッドにバタンとはならない。生放送番組に携わって10年以上経ち、いくら慣れてきたとはいえ、生放送はドーパミンがだだ漏れ状態になるというか、意識を別次元にまで底上げする魔力があるようだ。

   終わった後はたいていアルコールでも体内に入れて、その高揚した気持ちを落ち着かせるようにするのが日課となってしばらくになる。ほろ酔いになってきたところで、番組内で出てきた言葉をゆらりと思い出す。

日本語だと照れくさい「感動したよ」

「Touch in my heart(タッチ イン マイ ハート)」

   日本語の意味は「感動した!」だ。琴線に触れるというのが一番近いかもしれない。この「タッチ イン マイ ハート」という英語はとても便利で有効な言葉だね、という話を出演者の方々がしていらっしゃった。

   たとえば、映画を見た後、ライブに行った後、小説を読んだ後、美術作品を見た後、スポーツ観戦した後、もしくは話を聞いた後、自分の心に届いたかどうかという表現で、作品、物事のよし悪しの判断になるらしい。こう相手に言えば、どれだけ感動したかが分かりやすく伝わるというものなんだそうだ。慇懃無礼にもならず、大袈裟だったり重くもなりすぎず、軽い感じのニュアンスとしても使えるという。

   これは日本語だと難しい。言えそうで言えない。私はコンサートや舞台に足を運ぶ事が多いのだが、困るのは終演後、出演者に挨拶する時だ。たいていが「すごく良かったです~」とか「ステキでした~」とか「いい舞台で感動しました」とかとかとか...。自分のボキャブラリーのなさを嘆くばかりだけど、やっぱり「今回の舞台、琴線に触れました」とはこっぱずかしくて口にできない。うん、やっぱり「タッチ イン マイ ハート」はいい言葉だ。これがスラっと言えたら、ちょっと大人になれたような気がする。

もう一度言われてみたかった...40代後半で突然死

   日本人にはなかなか難しいこのような言葉をものすごく自然に言ってくれる人がいた。30代以上ならば誰もが知っているウルトラ尖がった伝説的な番組を手掛けていた人物だ。そんな方と仕事ができるとあって、私は舞い上がってしまった。一緒に面白いもの、バカバカしいものを作っていきましょうとタッグを組んで、あるプロジェクトを進めていたさなか、ある日突然、その人は旅立ってしまった。40代後半、病気による突然死だった。

   氏はよく言ってくれた。「いやぁ~、ホント面白い」「ゲラゲラ笑っちゃった」「ナイス!これで行こう。いいものができるよ、コレ」

   第三者には伝わりにくいかもしれないが、人をとてつもなくその気にさせる褒め言葉だったのだ。単純に嬉しかった。「よし、頑張ろう」と気持ちを奮い立たせてくれた。しかし、同時に叱咤されることもしばしばだった。だからこそ、私にとってまさしく「タッチ イン マイ ハート」な言葉だったのだ。

   次はどんな風に書こうか、あの人はなんて言ってくれるかなと考えるだけでワクワクした。それがもう今はできない。プロジェクトのリーダーを務め、訃報を知らせてくれたプロデューサーは、氏が亡くなる2日前まで仕事の連絡を取り合っていたという。

   けれど、氏の分身といえる作品はこれからも誰かの心に触れるに違いない。

「タッチ イン マイ ハート」

   わずか4つの単語のこの言葉を胸に刻みながら、あしたを迎えられる感謝をして。生放送の興奮も随分と冷めてきたところだ。

モジョっこ

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