卓球界のレジェンド荘則棟「日本人妻」の辛苦!祖国では揶揄され、中国政府からは理不尽な結婚条件
<英雄の妻 敦子>(テレビ朝日系、名古屋テレビ制作)

印刷

   名古屋テレビ制作の民教協スペシャルドキュメンタリー。今年70歳になる佐々木敦子は終戦の前年、旧満州で獣医の娘として生まれた。家畜の伝染病の研究のために未開の西域地区に残る。そこで土地の学校に通い、父親が死んだ5年後、22歳で初めて島根県江津市に帰国しテレビ工場で働くが、「シナ帰り」と揶揄される。
   1971年、名古屋で開催された世界卓球選手権大会の時、敦子は中国語を喋りたくてアポなしで名古屋の選手宿舎を訪ねた。応対したのが世界選手権3連覇の卓球の英雄・荘則棟で、この年が、いわゆる「ピンポン外交」の年、アメリカの選手が中国選手の中に迷い込み握手して世界的な話題となった「事実は小説より奇なり」である。
   荘は76年に4人組が逮捕されると連座したとして投獄、中国卓球界から追放された。その後、商社イトマンの中国駐在員となっていた敦子と再会、恋に落ちるが、中国国家は結婚を認めなかった。87年にやっと許可されたが、結婚を認めた時の条件がふるっている。(1)北京に住むこと、(2)外国へ行かない(つまり日本に帰れない)、(3)税金300元を払う。敦子は日本国籍を失い中国国籍になった。
   李香蘭とは違い、敦子は映画スターとして国益を損じたわけでもない。彼女は荘則棟が2013年に死んだ時にも、日中の冷え込みのお蔭で葬式も出せなかった。だから、国に大いなる不信感を持っている。庶民として内側から見た敦子の中国観には説得力がある。(放送2015年2月14日10時~)

(黄蘭)

採点:1
  • コメント・口コミ
  • Facebook
  • twitter

このエントリーはコメント・口コミ受付を終了しました。

注目情報PR
追悼

お知らせ

電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中