中学1年惨殺報道の違和感・・・親の責任なぜ問わぬ?放任・無関心の寒々しい家庭風景
<川崎市中1少年殺害事件報道>(各局)

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   犯人らしき少年の自供が始まった段階であるが、1日も早い完全な解明を望む。これまでの夥しい報道について筆者が違和感をもつのは亡くなった少年の周辺のことについてだ。情報番組に教育関係者や精神科医などが登場し、「何故、大人が気付かなかったのか」との疑問に続いて、あたかも学校の対応が悪かったように言う人がいる。だから、学校は必死で電話を掛け続けたと抗弁している。
   それは全く違うだろう。遺族を鞭打つ気はさらさらないが、わずか13歳の子供が深夜の2時3時に外出する不自然を親は何故止めなかったのか、片目に酷い黒痣を付けて帰った子供に、何があったのかと何故母親は厳しく問い詰めなかったのか、亡くなる日も夕食後に冷え込む外へ出てゆく息子をどうして止めなかったのか。
   生活困窮家庭で子供の1人1人に無関心な親だったのかもしれないが、子供に関する不都合は、10代の間は、寮生活でもない限りすべては親の責任である。下校後のことに学校はほぼ関係ない。不登校の子に、電話を掛けても繋がらない事態は親が引き起こしている。連絡があった痕跡は携帯に残されているはずで、普通の親なら学校からの連絡にすぐさま自分の方からかけ直すだろう。如何に放任、無関心だったかの証拠である。中学1年生はまだまだ小学生並みの幼さをシッポにつけている。母親がもう少し注意深かったらこの事件は回避できたはず。学校を咎めるのは甚だしい見当違いである。(放送2015年2月~3月)

(黄蘭)

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