GHQに禁止された番組名「歌合戦」占領下の『紅白』松山ケンイチでドラマ化

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   第1回NHK紅白歌合戦は1951年1月3日にラジオで放送されたのだが、その6年前の終戦の年、大晦日の夜を華やかな歌番組で明るく過ごしてもらいたいと考えたNHKディレクターがいた。歌手を男性と女性に分けて競わせるそれまでにない企画だった。紅白の前身となる番組だ。

   ところが、当時の日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下で、放送番組はすべて番組名や内容のチェックを受けなければならなかった。ディレクターが「紅白歌合戦」という番組名を伝えたところ、通訳は合戦を「ソング・バトル」と訳した。日本の軍国主義を払拭しようと懸命だったGHQは、「バトル(戦争・戦闘)とは何事か」とたちまちNG。しかし、マッチ(試合)ならいいということになって、「紅白音楽試合」という番組名で1945年12月31日よる10時20分から12時までの1時間40分の番組としてラジオ生放送された。

「紅白が生まれた日」あす21日よる9時

   こうしたエピソードを盛り込んだドラマ「紅白が生まれた日」があす21日(よる9時)に、HNK総合で放送される。主役のディレクターを松山ケンイチ、彼を助けて番組放送にこぎつける女性職員に本田翼、その時の紅組司会だったSKDの水の江瀧子を大空祐飛、白組司会のコメディアンの古川ロッパを六角精児が演じる。

   紅白スタートの舞台裏にどんなドラマがあったのか。なかなか興味深い。(テレビウォッチ編集部

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