2024年 4月 24日 (水)

仕事ない、保育園はランチ抜き・・・ギリシャの窮状!あすは我が身か借金大国ニッポン

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   ギリシャの国民投票で財政緊縮策の受け入れ反対が多数となった。それと中国・上海市場の株下落が止まらないため東京株式市場はジェットコースターのような乱高下が続いている。『週刊現代』は巻頭でギリシャ問題を大特集している。

   週刊現代によれば、トマ・ピケティ教授は他の経済学者らとともに、6月(2015年)初旬のフィナンシャル・タイムズ紙に寄稿して、「交渉が失敗に終わればチプラス政権以上に過激で、敵対的な政権が誕生するかもしれない」と警告し、EU側はギリシャに緊縮策ばかりを求めず、もっと寛容になるべきだと訴えていたそうだ。

   ギリシャサイドにしてみれば、チプラス政権は「反緊縮」を掲げて当選したので安易にEU側に譲歩することはできないという事情もある。だが、単にそれだけではないと週刊現代はいう。

<「ギリシャは仮にカネを返済しなくても、ユーロ圏に居座ることができるのです。そもそも欧州の団結を謳って結成されたEUには、ユーロ圏からの加盟国を強制的に退出させる規定というものが存在していないからです。
   すでにギリシャは借金を返すためさらに借金をするようなサイクルになっている。そこで支援を打ち切られれば、新たな資金を調達することができなくなります。だが逆に言えば、IMFへの返済も、ギリシャ国債の元本や金利も払わなくてよくなる。そうした事情を考えれば、無理をしてまで厳しい緊縮策を受け入れなくてもいいわけです」(FXプライム・チーフストラテジストの高野やすのり氏)>

   また、クレディ・スイス証券チーフエコノミストの白川浩道氏によればこうだ。

<「仮にギリシャがEUから離脱しようとすれば、ギリシャ政府はEU離脱に関する国民投票を新たに行わなければいけません。しかし、もしそこで賛成となっても、ギリシャがEUから離脱するまでには、EUとの債務減免交渉、その債務減免についての債権国での議会承認などといった手続きが必要。本当に離脱するには少なくとも1年、場合によっては2年程度かかると思われます」>

   ギリシャ・ショックは世界中に波及しているが、いまギリシャで起きている惨状をアテネ在住ジャーナリストの有馬めぐむ氏がレポートしている。

<「財政危機が発覚し、金融支援と引き換えに緊縮政策が開始されて以降、貧困率が特に上昇しているのは18~24歳の若年層。高学歴でも仕事は得られず、仕事にありつけても700ユーロ以上は稼ぐことが難しいため、彼らは『700ジェネレーション』と呼ばれている。
   『小さい子供を持つ家庭の貧困もすさまじいものです。ある財団が貧困層の多い公立小学校の調査をしたところ、17%の家庭が誰一人収入のある人がいない、25%の家庭が毎日の食事に困っている、60%が明日以降の生活に不安があるという切迫した状況であることがわかりました。公立の小学校では空腹の子供が急増し、体調不良や集中力低下の児童が多く報告されています。
   しかも、以前は多くの公立の保育所には給食センターがあったのですが、資金難でこれを閉鎖して安価なランチボックスのサービスを利用するようになった。それも最近は国からの運営費が来ないため、十分オーダーできない保育所が出てきているので、状況は悪くなるばかりです』>

   明日は我が身。否、もうすでに日本でも始まっているのかもしれない。

世界遺産登録で説得力持たなかった「強制労働と時代違う」

   『週刊文春』は「軍艦島」として知られる長崎県の端島炭坑などが世界遺産として登録された日、日本の代表団が「意に反して厳しい環境のもとで働かされた(forced to work)朝鮮半島の人々がいた」と<言及することを余儀なくされた>ことに憤り、これは韓国に対する外交敗北だと批判している。

   韓国側は軍艦島や旧八幡製鉄所など7つで、第二次世界大戦中に朝鮮人が強制労働させられた施設が含まれていると登録反対を主張し、さまざまな妨害活動を繰り広げてきたというのだ。こんなこともあったそうだ。日韓外相会談前の6月13に韓国の外相がドイツを訪れて外相と会談した。 その後、有力紙の「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」が日本に対して<歴史の一部を絨毯の下に隠したまま自国の歴史の近代化について語ろうとしている>と批判したという。

   結局、岸田文雄外相は朝鮮半島出身者が徴用され働かされことに触れる、軍艦島にそうした歴史を記した案内板を設置する、韓国が目指していた「百済の歴史地区」の世界遺産登録に協力する(登録は認められた)などのことを飲まされたのは、外交的な敗北だと難じている。

   日本が申請した遺産の対象年次を「1850年代から1910年まで」としていたのだから、第二次世界大戦中のことを持ち出すのはおかしいともいうのである。だが、これには無理があると思う。歴史遺産には多くの歴史がへばり付いているはずだ。そこに明治期の日本人が海外へ雄飛しようとしていた時代を見る人もいれば、戦争中の苦しい強制労働を思い出す人もいる。歴史の一部を絨毯の下に隠すような姑息なことはするべきではない。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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