タモリ感服!出雲大社を全国ブランドにした神職たちのPR大作戦・・・蕎麦のタダ券配って「縁結び」神話PR

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<ブラタモリ(NHK総合)>年間800万人の参拝者が訪れる島根県の出雲大社にタモリさんが現れました。でも、こんなに賑わうようになったのは、わずか250年前からで、江戸時代の半ば頃だったそうです。『2礼4拍手1礼』の出雲大社独特の作法で参拝を済ませたタモリさんは、出雲大社が一大観光地になった歴史を案内すると街に繰り出しました。

昔の神社名は出雲じゃなかった?

   大社の西側に広がる門前町で合流したのは「いづも財団」事務局次長で、門前町を研究する山﨑裕二さんです。山崎さんによると、出雲大社は江戸時代の終わりごろまでは「杵築大社(きづきおおやしろ)」と呼ばれ、地元でしか知られていなかったそうです。それがどうして出雲大社になったのでしょう。

   出雲御師と呼ばれる神職たちがグループやツアーを組んで各地に出かけてPRしたのがきっかけでした。蕎麦の無料クーポン券を配るなど参拝者の『招致』につとめましたが、最もウケたのが『縁結び』のご利益だったそうです。全国の神様が年に1回大社に集まり、縁結びについて相談していて、このときお願いするといとしい人と結ばれるという『神話』を広めたのです。縁結び信仰は浮世絵に描かれるほど話題になり、いつの間にか出雲大社と呼ばれるようになったのです。

   もう一つの人気は富くじでした。松江藩は祭礼に合わせて年2回「富くじ」を境内で開催し、売り上げの3割を大社に寄進していました。出雲を代表する豪商・藤間家に残る文書「杵築富興行一會に付き市中入銭大辻見込帳」には、23万1260貫文の儲けがあったと記されています。1貫文は約1万円ですから23億円超ということになります。

   富くじ抽選日の数日前から参拝客が町にあふれ、宿泊費や飲食などでもお金を落とす一大産業だったようです。

「平成の遷宮」で再び女性人気

   観光客は昭和40年代には年間300万人に達したものの、平成2年にJR大社線が廃止になると3分の2まで落ち込みました。しかし、平成20年に始まった「平成の大遷宮」を機に、参道にぜんざい屋や団子屋、はちみつ店など女性に人気のスイーツ店を誘致して、「縁結び」を再びPRしました。

   タモリ「女性が集まれば男性が来る。それで縁結びで結婚してまた来る」

   現代の「縁結び効果」もなかなかのものです。(放送8月22日よる7時30分)

葉月

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