天才服部良一の作曲人生たんねんに描く
「ザ・ドキュメンタリー 昭和歌謡の父 服部良一~音楽家4代の系譜・真田丸さらに~」(BS朝日)

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   国民栄誉賞を受賞した作曲家・服部良一の一代記を息子の服部克久が語る。孫の隆之はモテモテの軟派音楽の作曲家で、「真田丸」「半沢直樹」「HERO」とテレビドラマの主題曲で大儲け中。これだけでも凄いのに曾孫の服部百音まで売り出し中のヴァイオリニストで、この一家には2代目のぐうたらも3代目の穀潰しもいないのだ。

   筆者に言わせれば、2代目と3代目は初代に比べれば凡庸な作曲家だ。隆之の劇伴は派手で口当たりがよく大衆には受けるが通俗の極み。克久はどちらかと言えば行政職に向いている。ところが、服部良一だけは、掛け値なし、正真正銘の天才である。貧乏な家庭に生まれ、碌な音楽教育も受けずにバンドで稼ぎ、個人の音楽家にレッスンしてもらって音楽の基礎を学ぶ。内容が濃くて面白い。

   名前が出かかってレコード会社に委嘱された歌が、古賀政男のヒット曲のパクリのような屈辱的なタイトルの歌だった。やっと当たった淡谷のり子の「別れのブルース」は戦時下の官憲に睨まれて発禁になる。一計を案じて別の曲を外人名で出したら、後に自分の曲なのに盗作疑惑をかけられた。名曲「青い山脈」は、監督の今井正が気に入らず違う曲で出そうになったが、有名な藤本プロデューサーが応援してくれて今の大ヒット曲で出ることになったなど。

   苦労の連続だったわけだ。筆者は彼のピカイチ曲は「蘇州夜曲」だと思うが、やはり本人がこれを好きで葬式に演奏されたという。(放送2016年12月8日19時~)

(黄蘭)

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