<ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書>
ジャーナリズムと経営の板挟みで苦闘する名門紙「ワシントン・ポスト」女社主―メリル・ストリープとにかく素敵!
報道の自由を貫き通す。調査報道の裏側にある権力対ジャーナリズムの戦い、ないしはジャーナリストがフェイクニュースを作り出していくさまを暴いた作品は数多くあるけれど、この映画の主題は情報戦そのものではない。ネタはもうこの手にある。記者であれば、出さないという選択肢はない。1面トップを飾るべきと主張するだけの話だ。
けれど、主人公であるキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)の置かれた立場は違う。「ワシントン・ポスト」紙の社主であり、発行人。ニュースの質の担保から、傾きかけた経営の立て直し策まで、すべての責任は彼女にある。
安っぽい正義感を振り回さぬ説得力
ワシントン・ポストは同族経営を続けてきた。キャサリンの父も、そのまた父も、ポスト紙の発行人だった。そのバトンは直接キャサリンに受け継がれたわけではない。新聞発行を託されたのはキャサリンの伴侶だった。だから、彼女は夫を失い、社主にして発行人という重責が降りかかるなんて「想像もしなかった」。
右も左もわからぬ中で、藁を掴むような思いでやってきたのに、経営は思わしくなく、ついに株式公開を迫られるところまで追いつめられた。重役も、自分を軽んじる態度を隠さない。
いよいよ株式公開を控えたそのとき、コトは起こった。ライバル紙のニューヨークタイムズがベトナム戦争に関する政府の資料をすっぱ抜いたのだ。戦争に負けた大統領を生まないために、ホワイトハウスが若者たちを犬死させ続けている実態が明らかとなったのだ。
憤る世論とメディアをさらに震撼させたのは、政府の対応だった。「ニューヨークタイムズ発行差止め。続報を打つ新聞社には刑事訴追も辞さない」といういうものだった。
刑事訴追されたら株式公開は中止、銀行による融資もストップの恐れがある。経営者として、ジャーナリストとして、そして政府高官と親しくやりとりをしてきた私人として、自分が示すべき答えは何か。