小学校の正式教科になった「道徳」 迷いながら教師たちの試行錯誤が続く
道徳が今月(2018年4月)から小学校の正式教科になった。家族愛、勤労と公共、正直誠意、礼儀など22項目を子どもたちに教えていくことになっている。中には「国や郷土を愛する態度」という項目もある。国が定めた価値観や価値基準を、人々の考え方が多様化する中で、子どもたちにどう伝えたらいいのだろうか。
番組作り自体が戸惑っていた。包括的なくくり方ができないので、どうしても教育現場のどれかを取り上げることになる。こういう場合は、一定の成果を示せそうなものや、新奇な試みを探して紹介する手法に傾きがちだ。戸惑いや模索が入り乱れる中で、紹介内容は数ある事例の一つとして受けとめるしかないだろう。
東京都杉並区立久我山小の4年生担任で新人教諭の岡尾あすか先生は、家族愛について教えることにした。教材は「お母さんのせいきゅう書」と題されていた。
サインは送りバントだが、打ったら二塁打に 監督から「規則違反」で叱られたが...どうする?
――ある子どもが母親にお使い代や留守番代、掃除代として500円を請求する。母親からも請求書がきた。病気の時の看病代、おもちゃ代、洋服代のどれもが「0円」だった。
ここから「みなさんのお母さんはいつもどんなふうに接してくれますか」と、先生は問いかけた。子どもたちからは「やさしい」「怒ると怖いけれど、いろいろやってくれる」の反応が返ってきた。愛情の対価を求めなくて当然という意見が大勢を占めたが、ある男の子から「お母さんの気持ちになれば、お金をもらいたいのでは」という異論が出て、教室は一気にざわついた。
男児はそれ以上言わず、涙をためていた。両親が共働きで、仕事をしてから家事をこなす母を思っての言葉だったらしい。岡尾先生は「普段の価値観が出ます。一人一人見ていかないと、授業をさばけない」と実感を語った。
教育評論家の尾木直樹さんは「一つの価値に落とし込もうとしたときに、意見がぶつかります。教科になったことによる構造的な問題です」と評した。「家族愛が経済的価値になるのかも大問題で、答えが多様化します」という。
道徳教育は、軍国主義を反映した「修身」授業の反省から戦後は見送られてきたが、いじめの蔓延から方針転換された。
教材は一つの物語で一つの価値を教えるパターンがほとんどだ。外国人の子どもが入学してくるケースが増えたことも、先生たちの戸惑いを広げる。「心理的虐待を受け、家族愛を感じられない子もいる」(尾木さん)といった問題もある。授業が押し付けにならないか、懸念はぬぐえない。
教員歴25年の澁谷あゆみ先生は、高学年向けに「規則の尊重」を取り上げようとした。教材は「星野君の二るい打」という野球の話だ。
――星野君にチャンスで打席が回ってきた。送りバントのサインだったが、得意なコースにボールが来たので打ったら二塁打になり、チームは勝った。試合後、監督に「約束を守らなかった」と叱られた。
このテーマはちょっと収束しにくいなと思いながら、先生は疑問を解消しないまま授業に臨んだ。子どもたちは「勝手をするとみなに迷惑がかかる」「でも、せっかくのチャンスを逃がすわけにはいかない」と、意見が分かれた。「決まりは必要だけど、地震の時は自分が判断しないと命にかかわる。ルールをどんなときでも守るのはよくない」と主張した子もいた。
澁谷先生は「子どもが考えることの大切さを感じた。考えられる子であってほしい」と語る。試行錯誤が続く。