2020年 7月 4日 (土)

戦争の下でもたくましく優しく生きた「すずさん」たち・・・「この世界の片隅に」であらためて考える庶民と暮し

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   まもなく終戦から73回目の8月15日を迎える。いま、戦争の悲惨さだけでなく、当時の庶民の日常をつづった手記が注目されている。空腹の戦時下に買った忘れられないあの食べ物、空襲で九死に一生を得た時の忘れられない風景など、普通の人が暮らしをありのまま綴った「戦争中の暮らしの記録」(暮らしの手帖社)、その続編「戦中・戦後の暮らしの記録」も先月24日(2018年7月)に発売された。

   そこには、映画・ドラマで好評の「この世界の片隅に」の主人公「すずさん」のように、前向きに力強く生き抜いてきた人々の姿がつづられている。

「子供に食べさせたい」蓄えはたいて買った哀しいスイカ

   ゲストの千原ジュニア(芸人)が「戦争中の暮らしの記録」に収められエピソードを朗読した。「連日の空襲で焼け出されるか、今夜は死ぬか、夫の留守を守る私は、母と2人の子供と悪戦苦闘の毎日でした。爆弾も焼夷弾(しょういだん)も落ちてこない安全な場所がほしいと思っているところへ『山を売るよ』という人。私も一口、乗ることにしました。自転車をこぎながら、懐にある財布50円入りを確かめたその時、見てしまったんです。農家の縁側に巨大なスイカ。横にキセルを手にした番人みたいなお爺さん。『スイカ売るの?』と私。『売ってもいいぜ。でも高いよ、35円」。闇値とはいえ、山の土地70坪分は高い。人の足元見て何よ!と思いながらも、買って帰れば子供も母もきっと大喜び。盛んに迷っていると『無理ならいいんだぜ。なんぼでも売れっからよ』の声に、私ははじかれたようにスイカを両手で押さえました。何年もの積み重ねが、たった1個のスイカで見事崩壊。私の馬鹿。『本当にこれ食べていいの』と子どもたちは大騒ぎです。いつも優しい母が、いつになく冷たい口調で『気でも狂ったの。戦地のお父ちゃんに申し訳ないと思わないの』と、それはえらい剣幕で怒りました。私もさまざまな想いがこみ上げて泣きくずれ、食べたスイカの味、わかりませんでした」

   この私記を書いたのは、栃木県大田原市に住む今井瞳さんの母、乙女さん(享年90)だ。スイカを高値で購入したのは終戦の年の夏で、連日の空襲で家族の空腹がピークに達していた時期だったという。「以来、母は子どもたちに、スイカはこうして種ごと食べるのよと、口癖のように言っていた」と今井さん語る。

   ゲストの映画「この世界の片隅に」の片渕須直監督はこう話す。「戦時中、スイカは作付け禁止作物だったんです。そんななか、山一個分のお金を払ってもスイカが食べたかったのは、(空襲以前の)普通の日々のことを思い出されたのだと思いますね」

文   モンブラン
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