2019年 2月 24日 (日)

卵の殻でふりかけ・・・「じゃりじゃりで砂みたい」戦中・戦後の食べ物を体験

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   高校野球の甲子園中継で終戦の日のタイミングで放送できなかったためか、きょう22日(2018年8月)に「戦下の食卓」を特集した。

   1945年8月に太平洋・日中戦争が終わっても、日本国内の庶民の食糧事情はむしろ厳しくなった。戦中は配給があり、質素ではあるが食べ物はあったが、敗戦の年は天候にも恵まれず凶作だったため、ただでさえ食糧が少ないところに追い打ちがかかった。

   海外の戦地に赴いていた兵士らが日本に帰ってきたことで人口も急増し、食糧難は厳しさを増すばかりだった。とくに、農地が少なく、人口が集中している都市部は食糧不足が深刻だった。

「戦争って、こんなものまで食べなきゃいけないんだ」

   栄養失調による死者も増加した。カルシウム不足を補うため、卵の殻を煎って麺棒やすり鉢ですりつぶし、青のり、塩、みかんの皮、さなぎなどを混ぜてふりかけにした。当時の家庭科の教科書にも載っていたレシピだが、当時10歳の子どもだった寺西紀海子さん(82)は、「食べ物じゃないですよ。じゃりじゃり、砂みたい」と振り返る。

   試食した魚住優アナウンサーも「口の中に砂が入った感じです。戦争って、こんなものまで食べなきゃいけないんだと感じました」と、顔をゆがませながら語った。

文   ピコ花子
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