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フェイクニュースで自殺に追い込まれた台湾の外交官 日本との親善に尽くした彼を襲った「ある情報」とは

   ネット上のいい加減なうそ情報・フェイクニュースが拡散すると、人間の命までも奪うことがある。その典型的なケースが、昨年(2018年)9月4日、関西を襲った台風21号から持ち上がった。

   強風に流された大型タンカーが関西空港の連絡橋に激突し、交通がストップ、空港にいた3000人が立ち往生した。救出をめぐって責任を問われた台湾の外交官、大阪事務所トップの蘇啓誠さん(61)が関西空港孤立から10日後の9月14日に自殺に追い込まれたのだ。

   この10日間にネットの周辺で何があったのか。

   蘇さんは大阪大学大学院を経て、台湾の外務省に当たる外交部に入り、2018年7月から大阪事務所代表(台北駐大阪経済文化弁事処長)になった。外交関係があれば「総領事」にあたる。その2か月後に台風21号が関西を襲った。

「中国大使館は救出バスを手配したのに台湾事務所は何もしない」

   関西空港に閉じ込められた人の3分の1は外国人で、ほとんどが観光客だった。翌9月5日からSNSに投稿が続いた。「中国大使館が専用バスを手配して人々を救出した」という中国語の書き込みだ。すぐに「強い中国 いいね!」といった称賛の反応がわいた。

   空港内で中国人からこの情報を得た台湾籍の親子連れは、「中国だけが助けに来るのは変だと思ったが、あまり気にはしなかった」そうだ。実はバスはすべて関西空港手配したものだが、「中国が用意」という情報はたちまち500件に上り、翌日も増え続けた。「中国人であることを認めるなら台湾の旅行者も乗れる」という情報も広がり、台湾人の感情に微妙なさざ波を立てた。

   その台湾の対応について、ネット投稿が書きたてた。「中国は救出に積極的なのに、台北ときたら」「台湾の駐日事務所は何をしている?」「台湾の外交官はクズばかり」「駐日事務所なんてなくしてしまえ」......。

   そのころ、台湾の大阪事務所は救出準備やホテル、航空券の手配に忙殺されていた。それが伝わることはなく、抗議のメールや電話ばかりが1000件を超えた。そればかりか、台湾の大手メディアも一斉に批判を始め、台湾の野党からも「駐日事務所は傍観しているのか」と批判が噴出した。蘇さんが矢面に立たされた。

   蘇さんと親交のあった滋賀県の医師、王輝生さんは「これはフェイクニュースだから」と反論するように促したが、蘇さんは「誰にも聞いてもらえなかった」と言っていた。王さんとの最後のメールから2日後、蘇さんは自殺した。

   中国による救出バスの一件がフェイクニュースだったことは、蘇さん死亡の翌日、台湾のNPOが突きとめた。スタッフは「不確かな情報が瞬く間に100倍、1000倍になり、メディアも信じ、世論の圧力がかかった」という。

「ウソが瞬く間に100倍、1000倍になり、世論の圧力がかる」

   関西空港内にいた親子は「本当かウソか、あのときは区別できませんでした」と振り返る。当時、自分も書き込みをした男性は「周りで7、8人が話題にしていたので、事実と感じた」という。台湾のテレビでコメンテーターをしていた男性は「ツイッターやLINEで1分、1秒ごとに流れる情報はスピードが速くて、検証が難しい。深く反省します」とSNSで謝罪した。

   NHK台北支局の高田和加子記者は「蘇さんの自殺の直接の引き金ははっきりしませんが、事実でない情報が彼を追い詰めたことは今も衝撃です」と語る。台湾のSNS利用率は日本を上回り、真偽を確かめずに気楽に拡散させる人もいる。それを中国につけこまれて情報操作されるのではないかと行政当局は神経を使う。

   台湾の行政機関は毎朝2時間、SNSやネット掲示板にあふれる情報の確認に追われる。ホームページの訂正情報掲載が今年(2019年)はもう120件を超えた。にせ情報に対する罰則を強化する法改正案が審議中だが、言論の自由との関係でジレンマに直面する。行政が「フェイクニュース」と判断していいのか。判断を政府に委ねれば政治の暴走につながりかねない。

   フェイクニュースを研究している笹原和俊・名古屋大学大学院講師は「情報発進に時差や共有数の上限を設けることが必要で、リアルタイム性をスローに緩めることが重要です」と指摘する。

   政府や自治体、民間組織、メディア、そしてネットユーザーたちのどこをどう改めたらいいのか、果たして改められるのか。膨大なネット世界の広がりの前にいま、人々が立ちつくしている。

NHKクローズアップ現代+(2019年3月4日放送「フェイクニュース暴走の果てに~ある外交官の死~」)