2020年 12月 1日 (火)

〈サンセット〉
帽子店からのぞく帝国の終焉 第一次世界大戦前夜の緊張をひとりの女性の目点から描く

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ヒロインのイリス(ヤコブ・ユーリ)((C)Laokoon Filmgroup- Playtime Production 2018)
ヒロインのイリス(ヤコブ・ユーリ)((C)Laokoon Filmgroup- Playtime Production 2018)

   2015年カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー外国語映画賞受賞の「サウルの息子」で衝撃のデビューを果たしたハンガリー人監督ネメシュ・ラースローの待望の第2作。

   舞台は1913年のオーストリア=ハンガリー帝国の大都市ブダペスト。人気高級帽子店に、イリスという若い娘が職を求めてやってくる。彼女は実は帽子店の創業者の娘で、亡き両親が唯一遺したこの店で働きたいと言うのだ。第一次世界大戦勃発直前、歴史に刻まれることのない若い女性を通して「20世紀の始まり」が描かれていく。

   女性たちが様々な帽子を試着するシーンから映画は始まる。 デザインは多種ながら、どれもサイズが大きく、1913年にココ・シャネルが開発したシンプルで小さい帽子と女性の社会進出が、のっぴきならない関係であることを痛感する。 ココ・シャネル同様イリスも孤児院出身の設定であり、イリスという本作の主人公は、ココ・シャネルから着想を得ているのかもしれない。

   帽子店には、とにかく様々な客が訪れる。舞台となる当時のブタペストは二重の君主国にある都市であり、欧州の文化の中心であり、11の異なる民族が住み、様々な社会階層やイデオロギーが存在していた。対立は免れず、とりわけ労働者階級と資本者階級の対立は激しい様相を見せていた。この旧世界と新世界が交錯する「カオス」が独特な手法で描かれていくのがみどころだ。

ただ視線を送るだけの女性のショットがひたすら美しい

   前作「サウルの息子」で、アウシュビッツの過酷な状況を俯瞰で見せることを一切排除したカメラワークは本作でも踏襲されている。客観的概念を我々に与えず、歴史的スペクタクルへの誘惑を断ち切り、あくまでイリスという女性の目線を通して、第一次世界大戦直前の爆発しそうな社会的緊張の世界に観る者を当事者として落とし込んでいく。1914年に第一次世界大戦のきっかけとなった「サラエボ事件」で暗殺される、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナント夫妻が、劇中にチラッと出てくる程度なのが、ラースロー監督の真髄を象徴しているだろう。

   イリスの日常には、激動の欧州史が常に横たわっている。帽子が象徴する女性による社会進出や民主主義は欧州の王室の落日(サンセット)を呼び込み、今日に続いている。文明が喪失され、テクノロジーが進化され、核兵器を持つ国同士が睨み合いをきかせる現代に、イリスが、まだあどけなさの残る女性が、カメラ目線で、ただ視線を送るだけのショットが、ひたすら美しく、同時に未来を生きる我々には余りにも痛烈だ。

   彼女に「これでいいんだよね?」と言われたならば、イエスもノーも答えられる人間など現代には存在しないはずだ。

☆☆☆☆

丸輪 太郎

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