2019年 10月 16日 (水)

難治がんと生きたショーケン8年・・・53時間の映像に残されていた「オレと仕事と妻と」

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   3月(2019年)に、10万人に1人という希少がん(消化管間質腫瘍)のため、68歳で亡くなった俳優の萩原健一は、がんが発見された2011年の翌年から死の8日前まで、8年間の暮らしぶりと仕事を、53時間の映像に残していた。

   記録映像を撮りはじめたときは、「いい感じです」と笑顔も見せていた。手術でがんを取り除き、現場復帰したが、仕事への姿勢は相変わらず厳しい。映像には「そばにいる人より、ブラウン管の外にいる人に届けばいい」と語る姿や、スタッフに「しっかりしろよ、本当に」と声を荒げる場面も残っていた。

   破天荒なイメージとは異なる言葉もあった。「60過ぎたら健康第一で、社会貢献していきたい」「過ちを犯しました。よく反省しました」などと口にしている。発病直前にリカ夫人と結婚し、「妻との時間を大切にし、いい作品をつくるために全力をつくす」とも語っていた。病気を公表せずに俳優の仕事に打ち込んだ時期だった。

再発病でいよいよ芝居にめり込む役者バカ

   しかし、2015年4月にがんが再発し、「頭が真っ白になった」という。「このまま肉の塊で生きるのも人生。それより、スキャンダル的なゴシップばかりで騒がせて、(妻を)幸せにできなったらどうかと思うんだよ」と語り、それまで以上に俳優業に力を入れた。

   吉田茂首相の役を演じたときは、マウスピースを入れて「1日4、5時間(訓練を)やった。それでなじむんだよ」と役者魂を見せた。

   去年(2018年)、NHK土曜ドラマ「不惑のスクラム」のオファーがきた。余命わずかなラグビー選手の役だった。走るシーンもある。主治医に相談すると、「自殺行為です」と言われ、手術を勧められた。「本人の思うようにやらせたかった」とリカ夫人は振り返る。手術を受けず、病気を隠し通し、萩原健一はオファーを受けた。

   NHKの担当者だった城谷厚司氏は「(病気のことは)まったく知りませんでした」という。気温30度を超す真夏のロケで、プレーシーンには吹き替えの代役も準備したが、「本人が自分で走ると言うので、ほとんど吹き替えなしで撮りました」

   萩原の体は悲鳴を上げていた。撮影中もむくみや発疹が出た。腹水がたまり、腹がふくれた。共演した高橋克典は「それでも走っていた。弱くなった自分を見せなかった」と話す。ドラマの中で演じた選手ががんを告白する場面が、「死と直面した人の覚悟を感じました。太い矢を打ち込まれたみたいな瞬間でした」と忘れられないそうだ。

   妻役だった夏木マリも「1人の男を病気によってより魅力的に描けたのはショーケンさんだからです」と話す。

「抗がん剤で声がかすれたら、今度はそれをどう使うかだ」

   病気と向き合うことを、萩原は「非常に不快なことだけれど、今までと違う自分を発見できる」「抗がん剤で声がかすれれば、それをどう使うか、それがまだ残されている」「体力の限界はあるが、知恵の限界はまだ使って(達して)いない」とも語っていた。

   「希少がんの難関を治そうとは思わない。かかえたまんまで人に迷惑をかけないで挑戦でき、家内に心から正直なことを伝えて。ただね・・・、そうね、5年生きたいね」と、途切れ途切れに話す姿も映像に刻まれていた。亡くなる8日前も、せりふのけいこを懸命していた。そこで映像はぷつんと切れる。

   武田真一キャスター「俳優として生きる覚悟を見せてくれました。とっぽくて、陽気で、荒々しくて、素敵なスターでした」と締めくくった。昭和から平成を強烈な個性で走り抜けた。

   *NHKクローズアップ現代+(2019年4月4日放送「独自映像"ショーケン"最期の日々」)

文   あっちゃん
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