2019年 10月 19日 (土)

熊本地震から3年・・・困窮進む「みなし仮設住宅」収入減、通勤負担増でも出るに出られず

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   地震から3年目の熊本を武田真一キャスターがリポートした。浮き彫りになったのは支援制度の弱さで、とくに目立つのは「みなし仮設」といわれる、プレハブ仮設住宅以外の賃貸アパートや借家に入った人たちの孤立だ。

   1万1000戸の60%が全半壊した益城町では、プレハブの仮設住宅だけでは足りず、被災者の75%が町外れのみなし仮設に入った。近隣の熊本市や大津町、最も遠い人は64キロ離れた天草町にまで避難した人もいる。そのほとんどが近くに知り合いのいない単独移動先だ。

   みなし仮設には県から原則2年間、最大月6万円までの補助が出た。急ごしらえのプレハブよりもプライバシーが守られ、環境は良いともいわれたが、NHKが1558世帯のデータを分析すると、17%が「通勤時間が長くなった」「経済状態が悪化した」と住みにくさを感じていた。

ボランティアからも忘れられてしまった・・・

   地震直後は車中泊でしのいだ中野誠士さん(51)は、益城町から7キロの熊本市内のみなし仮設住宅に入った。母のキミ子さん(81)の物忘れがひどくなり、判断力の低下も進んだ。水やガスのつけ放しも増え、要支援から介護が必要になった。デイサービスのない日は、中野さんは仕事を中断して、車で20分かけて見に帰らなければならない。中野さん自身も体調を崩し、夜中に目覚めて「これからどうしようか」と考えることがある。

   ボランティアの支援もプレハブ仮設住宅に集まり、医療支援や見守りがみなし仮設に暮らす被災者までは行き届かない。中野さんは「益城町にいたころと同じサービスを受けるのはむずかしいです」と話す

   黒木志津子さん(56)は子供への影響を心配する。12キロ離れた大津町にみなし仮設をやっと見つけたが、中学に入ったばかりの娘さんは地震以前と同じ益城町の中学校を選んだ。以前なら車で20分だった志津子さんの通勤時間は、学校へ送ってから職場に向かうため1時間になった。「仕事中に目がキラキラし、足のしびれやむくみが出ました」という。パートで働ける時間が減って、収入は半分になった。

   熊本学園大の高林秀明教授は「住民のつながりがなくなり、精神的支援がなくなるのは非常に大きいですね。国としても支援をしっかり検討することが大事です」と指摘する。

文   あっちゃん
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