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秋篠宮「娘から結婚の見通し聞いておりません」親子断絶か?待ってましたと飛びついた週刊誌

   21日(2019年6月)の秋篠宮の発言が話題になっている。ポーランドとフィンランドの公式訪問を前に夫婦で会見し、長女・眞子さんの結婚問題について聞かれ、「娘の結婚の見通しですが、私は娘から話を聞いておりませんので、わかりません」と答えた。紀子さんも「同様でございます」というだけだった。

   紀子さんは5月に、眞子さんと2人だけで京都・大聖寺の茶会に参加しているため、もう少し踏み込んだ答えがあるのではないかと期待していた皇室記者たちを、ガッカリさせたのである。

   週刊誌はこれをどう伝えたか。<「眞子さまと小室さんの結婚に関しては、状況は膠着状態です。今は解決を急ぐタイミングではないとお考えなのだと思います」(秋篠宮に近い関係者)>(女性自身)、<秋篠宮ご夫妻が下した小室圭さんとの「決別」>(週刊女性)

   <「"現状のままでは納采の儀は行えない"と明言されました。今回のご発言は、国民に向けて"あれから一歩も進んでいない、厳しい対応のままです"ということをお伝えになられたかったのだと思います。(中略)会見ではずいぶんおやせになられた印象でしたが、秋篠宮さまの苦しい胸の内が垣間見えました」(秋篠宮家を知る関係者)>(女性セブン)

   やや見方は違うが、眞子&圭問題がいい方向には進んでいないと見ているようである。週刊文春、週刊新潮はどうか。秋篠宮家研究を始めた週刊文春は、今回の発言は美智子さんが体調の問題もあって"不在"だったため、<今回の「聞いていない」発言は美智子様の "ご不在"ゆえに率直に吐露された「限りなく本心に近いもの」>だと、秋篠宮家関係者はいっている。

   昨年の誕生日会見での発言は、小室家の借金問題は迅速に解決すべしという美智子さんの考えに忖度して発言したもので、秋篠宮にとっては「内心忸怩たる想いがあったはずだ」(同)というのである。

   秋篠宮の教育方針の基本は「自由」だという。娘の「自由」は尊重したい、だが周囲がそれを許さないというジレンマで、悩み、心身をすり減らしているとすれば、同情するに余りある。

   週刊新潮は、この会見で2つのことが明白になったとしている。一つは、秋篠宮家の親子の断絶が、噂だけではなく現実だったことがハッキリした。いま一つは、小室家から具体的な連絡がなく、解決の目途が立っていないことがわかったことだと、皇室ジャーナリストの久能靖が話している。

   この会見後、ネットでは、「子を持つ親としての責任を放棄したのか」「まるで他人事ではないか」という批判的な声が上がっているという。子を持つ親の悩みや苦しみなど、まったく理解しない連中たちなのであろう。現代版ロミオとジュリエット物語は、まだまだ先が見えてこないようである。

ジャニー喜多川「体調急変」で始まった美少年芸能帝国の崩壊

   戦後の男性アイドルブームを創り上げたジャニー喜多川(87)が、6月19日に渋谷区内にある自宅マンションで倒れ、緊急搬送された。意識レベルはかなり低下して、血圧や体温が上昇し、一時はかなり危険な状態だったようだ。事務所所属のタレントたちが病院へ駆けつけ、周辺は大変な騒ぎになったそうだ。

   ネットでは、喜多川の死亡説も流され、私のところにも、万が一の時には原稿を書いてくれという依頼が来た。これを書いている時点で訃報は届いていないが、もし彼の死が現実になった時、テレビ、新聞、雑誌は、ジャニー喜多川についての特番や特集をどうやるのだろう。

   写真は少ないし、彼について分かっていることも極めて少ない。週刊新潮によれば、父親が真言密教の開教師の喜多川諦道。父親がロサンゼルスのリトルトーキョーにほど近い、高野山米国別院に赴任していた1931年に生を受けている。彼の本名は「ひろむ」というそうである。

   父親は企画力があり、母親は日舞の名取だった。本尊の前を仕切ると手前がステージになり、コンサートなどを行ったりしていた。戦後は、女優の田中絹代や歌手の美空ひばりが来てショーを開いたことがあるそうだ。

   一家は帰国したものの、ジャニーは終戦後にロスに戻り、現地の高校へ通う。高校時代にロスの劇場で見たミュージカルに感銘を受けたという。帰国後は駐日アメリカ大使館に勤務し、「ジャニーズ」という少年野球チームを指導する。このメンバーだったあおい輝彦ら4人が、1962年に芸能界デビューするのだ。以来、フォーリーブス、たのきんトリオ、シブがき隊といった「美少年」たちを次々に発掘、デビューさせていく。

   今ではグループ全体の売上が1000億円を超えるそうだ。よくいわれるように、売れる美少年を見つけ出す眼力と、それを育てるのはジャニー、営業やマネージメントをやるのは姉のメリーと役割分担がハッキリ別れていた。そのジャニー喜多川にも老いが忍び寄っていた。「異能の男 ジャニー喜多川」を書いた小菅宏はこう話す。「10年ほど前にお会いした時、珍しくこんなことを漏らしたんです。"実は最近、ウチの子がみんな同じように見える"って」

   ジャニーズ事務所はたった一人の「異能」の男に支えられてきた。それがいなくなればどうなるかは、小学生でもわかる。

   週刊文春によれば、最近は、メリーと娘のジュリーが仕切る事務所と上手くいっていなかったという。映画や舞台に出したいタレントを提案しても、メリーから「ジャニーはあっちへ行って」とのけ者にされてしまう。ジュニアをデビューさせたいという意見もほとんど聞き入れられなかったという。<「ジャニーさんは『(ジャニーズ事務所)はもう僕の会社じゃない』とため息をついていた」(ジャニーをよく知るタレント)>

   先の小菅がいうように、「ジャニー氏の感性と世界観は決して他人が受け継げるようなものではない」のは間違いない。異様とも思える少年愛が、私を含めた雑誌で批判されたこともあった。ジャニー喜多川という人物が芸能界で果たした功と罪を検証するのは、これからであろう。

凶悪犯罪者・小林誠を2回も保釈にした裁判官!捕まったからいいようなものの・・・

   前科13犯、人生の半分は刑務所にいたという小林誠(43)を収監しようと、横浜地検の検察職員と厚木警察署の7人がそろって行ったのに、包丁で威嚇されて怖れをなし、まんまと車で逃走されてしまった。お粗末極まりない上に、警察の緊急配備が発生から4時間前後も遅れる中、小林は理髪店で散髪をすませ、中学の同級生の家を訪ね、コンビニでジュースを買うなどしながら、友人たちの手を借りて悠々と逃亡を続け、逮捕されたのは90時間後だった。

   だいたい、窃盗や傷害の罪で昨年9月に3年8か月の実刑判決受けていたのに、なぜ再保釈が認められたのか。証拠隠滅の可能性もほとんどないカルロス・ゴーン前日産CEOを長期間拘留し、保釈を認めなかったのに、これほどの凶暴な犯罪人を保釈し、週刊文春によれば、逃走後、自宅から使用済みの覚せい剤の注射器が発見されたというのだから、保釈を認めた裁判官の責任は重いといわざるを得まい。週刊新潮によれば、その裁判官先生の名は、佐脇有紀・横浜地裁小田原支部裁判官、49歳だそうだ。

   たしかに、2010年に起きた大阪地検の証拠改ざん事件以来、裁判所の検察に対する不信感が高まり、検察が保釈不相当と意見具申しても、まともに相手にしてもらえなくなり、明らかに執行猶予が付かないケースでも、裁判所は保釈を認めてしまうそうである。

   たしかに、09年時点で裁判所が保釈を認めた割合は16・3%だったのに、17年には32・7%と倍増しているが、今回のケースでは、普通の頭を持っている裁判官なら保釈を認めはしないだろう。それも、一審で認められていた保釈が取り消されたため、小林は即日控訴し再保釈を請求する。これも許可されてしまうのである。ともに認めたのは佐脇裁判官である。小林の逃亡が日本中を震え上がらせていた時、この裁判官は何を考えていたのだろう。

週刊ポスト「MEGA地震予測」村井俊治・東大名誉教授 新潟・山形地震も読んでいた

   6月24日朝、東京で震度4の強い揺れがあった。先日は新潟、山形で震度6強の激しい地震が起きた。いよいよ南海トラフ地震が起きるのか。

   週刊ポストの一手販売の「MEGA地震予測」の村井俊治・東大名誉教授は、新潟、山形の地震も「要警戒エリア」として予測していたという。村井名誉教授にいわせると、北海道から九州まで全国各地で一斉異常変動が起きているというが、それでは予測にならないので、リスクの高い地域を挙げてもらったという。

   それは、南海・東南海警戒ゾーンだ。<「和歌山県の潮岬、高知県の室戸岬の周辺で沈降が拡大している」>

   九州南部警戒ゾーンも異常があるという。<「この地域では今年5月に、宮崎市などで震度5弱を記録した日向灘地震が発生しています。しかしこれで終わりとは思えない。(中略)最近は種子島も沈降し始めました。鹿児島南部にある基準点『佐多』では5センチ以上の変動も見られるので、大隅半島は特に警戒が必要です。今後、夏にかけて5月より大きな地震が起こる可能性が高まっています」>

   地震に対して、日本人は「常在戦場」という気持ちでいなくてはならないこと、いうまでもない。(文中一部敬称略)

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。