アガサ・クリスティーの代表作をイギリスのBBCが、アメリカの俳優ジョン・マルコビッチをエリュキュール・ポワロ役にドラマ化した。英国では去年12月(2018年)に放送され、日本で初公開。全3話の第1話だ。
ポワロ役はデヴィッド・スーシェが有名だが、マルコビッチはもの静かで、哀愁を帯びている。「自分の能力をひけらかさないキャラクターで説得力がある」(ガーディアン紙)と評判はいい。
1933年のロンドン。一線を退いた年老いたポワロは、安アパートでうらぶれた暮らしをしていた。そこに奇妙な挑戦状が届く。「アンドーバー」という地名と「3月31日」と日付が書かれていた。差出人は「A.B.C.」。不吉なものを感じたポワロが4月1日にアンドーバーに出掛けると、イニシャルがA.Aのアリス・アッシャーという老婆が殺されていた。
「B」で始まる町ではイニシャルB・Bの若いウエイトレスが殺され、いずれも現場には英国のすべての鉄道駅をアルファベット順に紹介した「ABC鉄道案内」が置かれていた。「C」で始まる町のイニシャルC・Cの貴族一家では、末期がんの妻と若い女性秘書の反目が続いていて、どうやら次の殺人はここで起こるようだ。
第1話の冒頭から、ストッキングのセールスマンで「アレキサンダー・ボナパルト・カスト」という、いかにの変質者のような男が登場する。イニシャルはA.B.C.なのだが、彼が犯人ではひねりも仕掛けもない。ミステリー好きなら、真犯人でないことはとっくにわかっている。
ABC殺人事件はこれまで何度も映画化、テレビドラマ化されていて、ストーリーそのものはよく知られ、ネタバレもいいところだ。あらためてドラマ化するには、なにか新しい要素が必要となる。今回は「ファシズムの影」がさりげなく描かれる。
1933年はドイツでは国会議事堂が放火され、ヒトラーが権力を握った年で、他のヨーロッパ各国でもナチズムや排他主義が台頭しつつあった。ロンドンの宿屋の外壁にも「外国人お断り」のポスターが貼られ、ベルギー人のポワロに列車の車掌は嫌がらせをし、ロンドン警視庁のジャップ警部の後任の若い警部は敵視している。
こうした排外主義が連続殺人の背景にあるのか。そのあたりもこれからの見どころだろう。第1話はいわば序章。第2話20日(第3話は27日)から見ても、本格推理ドラマの醍醐味は十分に味わえる。(7月13日午後5時)
寒山