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〈出国 造られた工作員〉
北朝鮮でのより良き生活を夢見た韓国の売れない経済学者。スパイ訓練所に収容され、工作員にさせられてしまう

「出国 造られた工作員」((C)D.seeD)
「出国 造られた工作員」((C)D.seeD)

   北朝鮮でのより良き生活を夢見た韓国の売れない経済学者。スパイ訓練所に収容され、工作員にさせられてしまう

   西ドイツに留学中である経済学者のオ・ヨンミンは、かつて韓国政府に対する反対運動を行っていたため韓国に戻ることができなくなっていた。また、西ドイツでは経済学者として評価をされず、苛立ちを募らせていた。

   ある日、オ・ヨンミンは、ある人物から、自分の論文が北朝鮮では評価されており、大学教授として認められるので、北朝鮮に渡ることを勧められる。自分の経済論が評価されている喜びと、大学教授になれば、今よりも良い暮らしができるだろうと考え、オ・ヨンミンは妻ウンスクの反対を押し切り北朝鮮へ向かう。しかし彼を待ち受けていたのは、諜報部による工作員となる訓練であった...。

   ノ・ギョユプの初監督作品は、1980年代にある事情によって北朝鮮のスパイとなった男の実話をベースにしたサスペンスだ。主演は『オペレーション・クロマイト』のイ・ボムス。主人公の妻を『破壊された男』のパク・チュミ、北朝鮮の工作員を『タクシー運転手~約束は海を越えて~』のパク・ヒョックォン、北朝鮮の権力者を『飛べない鳥と優しいキツネ』のイ・ジョンヒョクが演じ、韓国映画通を唸らせる実力俳優が終結している。

スパイサスペンスに込められた韓国近代史の暗黒面

   陰謀渦巻く騙し合いの世界で、誰を信じて良いのか分からないオ・ヨンミンの袋小路の状態を、くすんだ色彩で不安を煽り、事件が起こる事を暗示するカメラが物語に迫真性を与えていく。時折、中途半端で何かに挟まれているような画角が目立つが、登場人物たちの心境のメタファーだけではなく、アメリカを中心とした自由主義陣営とソ連を中心とした社会主義陣営の対立に挟まれた80年代の韓国の「国家の心境」のメタファーだろう。

   北朝鮮での生活を勧誘され、今より良き生活を夢見たが、スパイ訓練所に強制的に収容され、工作員にさせられてしまったオ・ヨンミンとは、どこにもいけない80年代の韓国という国家そのものだ。街を見渡せば娯楽が発達し、自由を謳歌しているように映るが、実像は民主化を求める国民を抑圧するための政治権力がもたらした国民への「餌」だった。

   妻と娘と引き離されてしまったイ・ヨンミンが家族を取り戻すことに奔走するスパイサスペンス――という至極退屈な体裁をつくろっているが、これは「餌」に過ぎない。言葉巧みに北朝鮮への渡航を勧められるオ・ヨンミンとは、アメリカを信じすぎた韓国だ。本作の真のテーマは、オ・ヨンミンという人物を通して描いた韓国近代史だ。

   80年代に韓国の文化の多様化が始まった。韓国の現実を訴える芸術作品も誕生していく。「政治諷刺」が誕生したのも80年代だ。つまり、芸術が観客とコミュニケーションを取る事が始まったのも80年代からなのだ。87年の民主化宣言から約30年たった今、当時子供だった人物たちが、民主化運動との心理的距離に肉薄した作品を撮り続けている。

丸輪太郎

オススメ度☆☆☆☆