2020年 8月 14日 (金)

台風19号・千曲川決壊被災の高校生21人を支える自作の歌「桜づつみ」・・・立ち上がり一歩ずつ歩んできた

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   去年(2019年)10月に台風19号で千曲川の堤防が決壊し、被災した長野の高校生たちは、被災後の3カ月、小学生の時に作った歌「桜づつみ」の意味を自らに問いかけて過ごした。地域で繰り返す水害の歴史を描いた創作劇の主題歌として作った歌だ。

「♪おじいさんに聞いたんだ 遠い日の話/何もかもが流された 悲しい時代のことを/自然の驚異に人は なす術もなく/でも立ち上がり 一歩ずつ歩んできた
 桜づつみ 桃色の花が 今年も咲いている/ぼくらに あの日のことを 伝えてくれている 桜づつみ 幸せの花が 優しく咲いている/ぼくらに託された思いを 未来につないでいくよ」

   それから5年、歌は現実のものとなってしまった。歌詞に書かれた「でも立ち上がり、一歩ずつ歩んできた」という言葉が、簡単なことではないと思い知らされるようになっている。

当たり前だったおばあちゃんの手伝いのリンゴ出荷ができなくなるとは・・・

   自宅の1階が浸水した德永栞名さんは、親戚の家に避難しながら片づけに追われる日々を過ごしていた。思い出の写真は水に浸かり、大好きなピアノは泥だらけで音が出ない。そうした中で心の支えになっているのは、決壊した千曲川堤防の近くに立てた歌碑だ。

   長沼小学校6年生の時、6年間一緒だった同級生21人と作った「桜づつみ」の歌を記念して建てた。同級生21人全員の自宅が床上や床下浸水の被害に遭った。同級生たちは歌碑が流されていないか心配したが、奇跡的に流されずに残っていた。

   自宅が床上60センチまで浸水した寺田由希音さんは、「歌碑にはみんなの名前も入っています。思い出が形に残るのは嬉しいです。いまは別々の高校に通っている同級生も、この歌碑があるから今でも関係が続いています」と話す。

   被災直後は、「桜づつみ」の「立ち上がり一歩ずつ歩んできた」という歌詞を、彼らは受け止められなかった。德永さんは幼い頃から祖母のリンゴ畑を手伝ってきたが、今年は被災でリンゴの出荷ができなかった。祖母からは「春にリンゴの木が生き生きとしていなかったら、リンゴ畑をやめるかもしれない」と聞かされた。

   当たり前だったことが当たり前ではなくなってしまった。通っている高校には被災した生徒が一人もいないことも、気持ちを重くする。德永さんは「勇気をもらえる歌詞だけど、そういう気持ちになるのはもっと先のことだという感じです」と話す。

   寺田さんもいつもと違う年の瀬を過ごした。床上まで泥が押し寄せた自宅は、床の張り替えができず、一家は仕方なく台所で暮らしている。この冬、離れて暮らす2人の姉たちは寝る場所がないため、帰省を諦めた。寺田さんは「いつも通りに戻るのはいつのことになるか」と肩を落とした。

   そんな彼らが大みそかの夜、神社に集まり2年参りをした。年がかわる瞬間には、いつも通りジャンプして「あけましておめでとう」と新年を祝い合った。寺田さんは「今年は、少しでもいつも通りに戻れる年にしたい」と今年の抱負を口にしていた。

文   バルバス
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