2020年 10月 30日 (金)

東日本大震災から9年・・・サンドウィッチマン「僕らはスピーカー。被災地の笑顔を伝えます」

ホットでもアイスでも美味しい。季節にあわせて楽しめる、大正製薬の乳酸菌が入ったごぼう茶。

   2011年3月11日、東日本大震災で被災したお笑い芸人「サンドウィッチマン」の2人が、応援し続けている人がいる。宮城県東松島市で農業を営む阿部聡さんだ。東松島市では、津波で1100人を超える命が失われた。阿部さんは祖母と妻、1男2女を亡くした。それでも農業にひたすら打ち込んできた。ところが去年10月(2019年)、台風19号で再び壊滅的な被害を受けた。

   津波に襲われたとき、阿部さんは自宅の裏のハウスで農作業をしていた。電柱にしがみつき奇跡的に助かった。家族は指定避難所になっていた市民センターに避難したが、そこに津波が押し寄せた。妻は経理や事務で夫を支えてきた。子供たちとは初めてディズニーランドに行く約束をしていた年の震災だった。

   2日後、阿部さんは自宅から50メートルの場所で遺体を探し出した。「ゴミをかぶって誰だかわからなかった。触ると冷たくてカチコチだった。顔を拭いても目や鼻の泥が取れなくて」と阿部さんは語る。一緒に農業を営んできた父親は「こんなにむごいことはない」と涙を流し、「恨むとしたら津波を恨むしかないです」と話した。

台風19号にもやられたけれど、「あの時に比べればまだいいよ」

   家族と自宅を失い、トマトとキュウリを育てていたハウスも全壊。阿部さんは2億円の負債を背負うこととなった。浸水を免れた自宅の2階に戻ると、妻子の遺品を見つめながら後追いをすることばかり考えたという。

   そんな阿部さんを気にかけてくれたのは、地域でともに農業を営み、被災した仲間たちだった。震災前から農業の将来について語り合ってきた佐藤雄則さんだ。佐藤さんもハウスに大きな被害を受けていたが、阿部さんに「やることがないなら、ウチに働きに来てよ」と提案した。そして、阿部さんに「会社を作りたい」と持ち掛けた。佐藤さんは「自分たちで動かないと変わらないと思った」と語る。

   阿部さんが佐藤さんら3人の仲間と、東北地方の方言で「良くなる」と名付けた「イグナルファーム」を立ち上げたのは2012年9月だ。みな被災農家だ。業績は順調に伸びていった。会社を立ち上げて4年で売り上げ2億円に迫るなど、負債を減らすめども見えてきた。

   阿部さんは週3回、家族が眠る墓を訪れ、「頑張るから見守ってね」と祈り続けてきた。4人で始めた農業法人は社員・スタッフ併せて60人を超え、県内でも有数の規模まで成長していた。阿部さんは「生きる目的が、従業員のためというふうに変わってきた。中途半端なことをすると従業員の生活がダメになってしまう。彼らが幸せになるように頑張ろうと考えていた」と話す。

   そんな時、台風19号が東日本大震災の被災地を襲った。2億円かけて内陸に建てたハウスも濁流にのみ込まれた。収穫前のトマトも全滅。農機具の被害を併せて、阿部はさらに1億円の負債を抱え込むことになった。

   だが、今度は仲間たちが阿部さんの支えになった。今年2月には、行政の支援を活用して、設備の復旧を進める計画をたてた。3月2日には墓参りし、生きていれば20歳近くなる長女の写真に、「あの時に比べればまだいいよな」と話しかけた。トマトの生産を再開し、現在は苗が元気に育っている。6月には収穫できる見込みだ。「いろんな人に支えられてこれまで9年頑張ってきた。これからももっといろんな人に支えられて生きていくんだろうな」と話した。

文   バルバス
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