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東電原発事故から9年 いまだ家に戻れない福島・津島地区1400人「人生の目標を失ったままです」

   東京電力福島原発事故から9年、福島県浪江町の津島地区は帰還困難区域のままだ。住民1400人は今も県内外で避難生活を続け、多くがPTSDやうつ症状に苦しんでいる。

   精神科医の蟻塚亮二さんらが昨年(2019年)、津島地区住民に大規模な心の調査を行い、513人が回答した。PTSDの疑いが48%、絶望感・不安障害(うつの疑い)が28%だった。うつの疑いは、原発事故の全避難者の平均6.4%に比べ、蟻塚さんも驚く高さだった。

   武田真一キャスターが、2013年に取材した柴田明範さん(53)・明美さん(55)夫妻を尋ねた。昨年の調査で、明範さんは「出来事インパクト指数」で59点だった。25点以上だとPTSDが疑われるという指数で、基準の2倍以上だった。明範さんは「目をつぶると、戻りたいと思っちゃう」という。自宅には防護服を着て、イノシシ除けの防護柵を乗り越えないと入れない。それでも「いつかまたここで暮らせるのでは」と思ってしまうのだそうだ。

避難先で嫌がらせ受けても帰るところがない

   聞き取り調査に孤立感を訴えた50代の菅野あゆみさん(仮名)は、「理由もなく涙が出る」という。県の内陸部に移り、賠償金とローンで家を持ったが、新しいご近所とのミゾに悩む。「新しい家の避難者」という冷たい視線を感じ、「後ろめたさ」「罪悪感」がある。その度合いは、県外避難者に高いという。

   山梨・甲府市に住む石井拓さん(55)は「インパクト指数」が47点だった。9年間、慣れない土地で家族を守ってきた。最初に受けたのが、子どもたちへの誹謗中傷だった。「放射能がうつる」「汚いから来るな」。それでも、放射能を考えると、福島へは戻れなかった。だから余計に故郷への思いはつのる。「胸の内を語れず抱え込んできました。美しい津島はもうありません。全部山に飲まれた。悲しい。なんでこうなった」

   復興の拠点として除染された津島中学校の校庭で、今野秀則さんは「運動会などの催しでの交流が、地域の絆でした。それが原発事故で根こそぎ失われて、辛い9年間を過ごしてきました」と語った。

   蟻塚さんは「人は困った時、悩みを聞いてもらえて生きている。それができないと、トラウマになりますよ」という。大阪市立大学大学院の除本理史教授は「賠償はもう十分だろうとか、自己責任を言う向きもありますが、住民には重荷になります。社会全体が目を向けなくなっているのではないでしょうか」と警鐘を鳴らす。

若い世代に多いうつ症状「私、ちゃんと赤ちゃん産めるのかな」

   調査では、これまで見過ごされてきた若い現役世代の苦しみも浮き彫りになった。「うつの疑い」の割合を世代別にみると、20代と40代で全国平均の2倍、30代では5倍、50代がそれに続いた。蟻塚さんは「30代、40代が高いのはありえない。役割、責任が彼らを苦しめているのではないか」という。

   29歳の星野由紀さん(仮名)は「ちゃんと赤ちゃんが産めるのかな」という。脳裏に焼き付いた光景がある。家のすぐ下のグラウンドに白い防護服を着た人が2人いた。「私たちはマスクもしていない。防護服もない。健康への不安がつのった」という。以来、津島の人は被爆していると思われる不安にとらわれている。

   周囲との摩擦に疲れ、諦めを口にする人も多かった。「人生の目標を失った。目の前の仕事をするだけ」(40代男)、「レッテルを貼られたまま生きる。お金もらってる避難民だと」(20代女)、「どうせ分かってもらえない。風化というより忘却に近い」(50代男)。

   「社会はどう向き合うべきか」という武田キャスターの問いに、今野さんは「被害がまだ続いていることを知ってほしい」といった。

   健康への不安、周囲との関係悪化は、チェルノブイリでもあった。その結果、被害者は自らの人格を否定的に捉えてしまうという調査があるそうだ。そこまで追い込んだら、もう社会の責任だ。福島も危ないところまで来ている。

NHKクローズアップ現代+(2020年3月11日放送「原発事故 避難者の心に何が?9年目の大規模調査」)