日本で初めての新型コロナウイルスの感染者が出た直後の2月初旬(2020年)、福岡県大野城市のバス会社「家康コーポレーション」は大きな危機を迎えていた。売り上げの4割を占めていた中国人観光ツアーのほぼすべてキャンセルとなったからだ。海江田司社長は厳しい資金繰りに直面した。1カ月の経費は、人件費やバスのリース料などで約4500万円。金融機関に5000万円の緊急融資を依頼して急場をしのいだ。
最も深刻な影響を受けていたのは、大阪の営業所だった。従業員を集め、厳しい経営状況について話した。「役員は給与3割カット、従業員は2割カットとし、希望退職者も募る。「事態は数カ月で収束するので協力をお願いしたい」と説明した。37歳のドライバーは厳しい生活に直面することになった。2月はほとんど休みとなり、給与は半分以下になってしまったのだ。
国内の感染者数が40人を超えた2月中旬になると、中国以外の外国人観光客の予約も軒並みキャンセルとなっていた。ドライバーたちも顧客獲得の営業に動いた。大型免許を取得し、バスガイドからドライバーに転じた女性は、1日100件以上の電話をかけたが、1件を取れるかどうかだった。
海江田社長は国の支援策を使っておよそ5000万円の融資を取り付けたが、それでも数か月分の経費しか賄えない。地元の金融機関に追加の融資を求めたが、「経営の見通しが立たず、リスクが高い」と断られた。雇用調整助成金などの国の支援も利用して雇用を守ろうとしたが、支給されるまでに2カ月かかるとわかった。
3月中旬には売り上げが1割にまで落ち込み、幹部たちはついに解雇の決断を迫られた。大阪営業所では西田和浩所長が解雇を通告する役目を担った。候補とされたのは、給与が高いベテラン従業員だった。悩みぬいたすえ、26人の従業員のうち11人を解雇した。1か月分の給料プラス10万円の慰労金を手渡した。
沖縄営業所の小森哲也所長は、13人の従業員のうち7人に解雇を伝えた。「断腸の思いで声をかけた。彼らの気持ちがわかるので、私も苦しい。自分も身を引こうかと思う」と、自ら退職を申し出た。
4月上旬、ゴールデンウイークを1カ月後に控えて、新たな取り組みを始めた。車内に体温を測れるサーモグラフィーを設置し、安心してバスに乗れることをアピールすることでツアー客の獲得を目指した。だが、緊急事態宣言が出され、営業所がある福岡や大阪も対象地域になり、5月6日までの外出の自粛が強く要請され、この計画は頓挫した。
前出の女性ドライバーは収入を回復するために、アルバイトを探し始めた。慣れないダンプカーで資材を運ぶ仕事の研修を受けた。「転職を考えていかないといけない。観光業事態が難しいなら判断しなくてはならなくなる」と話した。
緊急事態宣言と合わせて、国は中小企業に最大200万円の給付を決めたが、そうした支援でどこまで会社を維持できるのか。海江田社長は「8月くらいまで予約はまったくない。冠婚葬祭の送迎、軽症患者をホテルに搬送する仕事を受けたくらいだ。雇用を守れなかった責任を感じている」と話し、緊急経済対策については「2月に申請したが、給付は早くてゴールデンウイーク明けになる。中小企業にとって2~3カ月というのは大きい」という。
ニッセイ基礎研究所の試算によると、失業者数はここ数年減少傾向にあり、直近の数字は156万人だが、新型コロナウイルスの影響で、今後1年間で失業者数は270万人に達するという。いつに1・8ばいである。
※クローズアップ現代+(2020年4月22日放送「コロナショック 苦渋の解雇の裏で~密着・あるバス会社の3か月~」)