空前の就職氷河期にようやく手に入れた勤務先。しかし職場にもなじめず、仕事もなかなか覚えられない。そんな苦労をしている新人もいる。ある会社では、現場の部長から人事部に「新人が使えないので解雇して」という依頼が来たという。
――保険販売代理店の人事担当です。当社では新しい保険商品の販売に備え、今春新入社員を採用しました。新卒が10人と、経験者が5人です。試用期間は6か月ですが、すでに法人営業部の部長からクレームが来てしまいました。
「今年配属された新卒のA君だけどね、悪いけどあれは使えそうにないな。客先で商品の説明をさせても要領を得ないし、保険の設計をさせても仕事が遅い。悪いけど、試用期間が終わったら解雇しておいてもらえないか」教育係の主任も「覇気がないし、内気で営業に向いていないよ」とサジを投げており、営業同行にも連れていってもらえていないようです。いっしょに入社した新人の中には、すでに新規契約を取った人もおり、差がつき始めています。
試用期間中の社員は、正社員に比べて労働契約解消の裁量範囲は広いと考えられますが、むやみに解雇することはできません。とはいえ戦力となる見込みが立たず、配置転換などの余地もないのであれば、不当解雇の訴訟リスクを踏まえつつ解雇することもやむをえないかもしれません。試用期間が14日間を超えた場合、試用期間満了前でも1か月前の解雇予告が必要です。
解雇には合理的な理由が必要ですが、採用3か月で複雑な商品説明の巧拙を問題にするのは、やや厳しすぎる気もします。試用期間の6か月、あるいは採用後1年程度は指導を続けた方がよいのではないでしょうか。採用時には業務への適性や必要なスキルを確認し、教育・指導も行って、安易な「使い捨て」とならないようにすべきです。特に保険商品の販売には信用が重要です。「あの会社は新人を採用して、知人に押し売りさせたらお払い箱らしい」などという噂が立てば、ビジネスに悪影響も出るでしょう。
新人への教育指導のやり方には、社風や、職場の上司・先輩の個性も反映されます。ひとつのスタイルに当てはめ、それについていける人だけを集めた組織の強さもあるでしょうが、あえて多様さを許容することも、組織が変化に対応するために有効な場合もあります。声が大きく押しの強い営業マンばかりでなく、おとなしいが誠実な営業マンが受け入れられやすい顧客もあるでしょう。
詳しい事情はわかりませんが、A君は新卒者なのですから、ある程度の適性があれば、もう少し時間をかけて育てる意義はあるはずです。単に上司や先輩と相性がよくないだけでA君が排除されているのであれば、会社は人材を有効活用できていないことになり、採用コストのロスにもなります。本人や主任の話を聞き、適切な指導が行われているかどうか確認した方がよいでしょう。また、同じ営業でも、法人営業から個人営業に担当を変えたり、タイプの違う上司や教育係をつけてみることも有効な場合があります。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。