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退職する社員に「会社が負担した費用を返せ!」と言いたい

   会社の競争力を強化するために、社員の能力を高めるのはひとつの方法。研修受講や資格取得にかかる費用を補助するところもあるだろう。ある会社では、せっかく資格を取得した社員が相次いで退職を申し出てくるので、担当者が頭にきている。

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「費用返還」の覚書にサインさせてもよいか

――不動産会社の人事部です。社員に対し「宅地建物取引主任者」(宅建)の資格取得を奨励しています。希望者には指定の学校へ通学してもらうか、通信教育を受けてもらい、8割以上の出席などを条件に、費用はすべて会社が負担しています。
   ところが最近、資格取得を見計らったかのようなタイミングで退職する社員が相次ぎ、非常に腹が立っています。会社が社員に対し、より上の仕事をしてもらうために費用を補助しているのは彼らも理解しているはず。まったく見識を疑います。
   現場の管理職からも、

「通学日には先輩たちが代わりに残業を引き受けたりして、サポートしていたのに」
「気を使うんじゃなかった。まったく恩知らずなヤツだよ」
といった不満も挙がっています。
「もう自費でやらせればいいんじゃない?」
「最初から資格を持った人を雇うようにしようよ」
といった意見まで出ています。全社的なコストダウンを進めている中で、「事業仕分け」の対象になりそうな雰囲気です。
   しかし社内には、まだ資格を取得していない若手が少なくありません。そこで再発防止のために、「資格取得後2年以内に退職した場合には、取得のために会社が負担した費用を返還する」という覚書にサインしてもらおうかと思っています。そうでもしなければ、怖くて補助を出せません――

社会保険労務士・野崎大輔の視点
費用を「貸与」にすれば覚書も可能

   ご相談のような内容の「覚書」に署名させることは、労働基準法の「賠償予定の禁止」に抵触します。したがって、この方法は採れません。使用者は「労働契約の不履行」に備え、あらかじめ違約金や損害賠償の額を決めておくことはできないのです。

   ただし、費用を会社が「貸与」する形を取ることはできます。「資格取得後2年間勤務した場合には、費用の返済を免除する」といった契約(特約付きの金銭消費貸借契約)を社員と結び、費用を立て替えればよいのです。トラブルにならないよう、貸与の趣旨や会社が費用負担する範囲、限度額、貸与年数などをしっかり決めておきましょう。

   とはいえ、退職時になって「お金がなくて返せません(返済能力がない)」と主張されないとも限らないことには、注意が必要です。また、受講させる前に、この制度に対する会社側の考えや、職場の上司や同僚への協力に対し感謝を忘れないことなどを、書面や口頭で伝えておいた方がよいのかもしれません。

臨床心理士・尾崎健一の視点
いかに「有意義な経験」を社員にさせられるか

   長引く不況により、どの会社にも社員にも余裕がなくなり、利害の対立が大きくなっています。社員は業績を上げたいのは山々でも、この不況では思うようにモノが売れません。給料が下がれば、モチベーションも急降下。会社のカネで取得した資格をテコに、あわよくば更によい条件の職場に転職したいと考えても、仕方ないところもあります。

   そうなると会社は、いかにして業績を上げられる見込みのある精鋭に残ってもらうかが重要課題となります。そのためには、アメとムチでコントロールしようとするよりも、「この会社で働くことで有意義な経験が積める」と社員に感じてもらえる環境を整える方が有効ではないでしょうか。

   不動産業界には将来独立を目指すなど野心を持って、仕事に前向きな考えで入ってきた人が多いのでは。給料は簡単に上げられなくても、いろいろな種類の仕事や責任のある仕事を経験してもらったり、上司や先輩のノウハウを伝えていったりすることはできるはずです。


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(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。