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「和の重視」うたい「決断」逃す社長 それって単なる「責任回避」です

   数か月前のことですが、銀行員時代の取引先である機械設計会社D社にうかがった時のお話です。社長が設計部長と中途採用の件で意見が合わないと悩んでいました。採用枠1人に対して人物評価では甲乙つけがたい2人の候補者のどちらを採用するかで、社長の選考基準と部長のそれがどうも噛み合わないと言うのです。

   社長は社長歴5年の二代目。設計部は会社の心臓部であり、その部長は、いわば先代時代からの社長の右腕です。しかも部長は社長よりも10歳以上年上で、かつ業務経験も豊富。社長は部長に気を遣っているのがありありでした。

中途採用めぐり「学歴重視」か「前職歴重視」か

「決断」で方向性を示せるか
「決断」で方向性を示せるか

   今回の採用に関しての2人の言い分はこうです。

   社長曰く、「僕は自分の人間関係から判断して言っているのだが、迷ったら出身大学で選ぶべきだと思うんです。決して偏差値偏重主義ではなく。偏差値の低い大学出身でも優秀な人はいるけれど、偏差値の高い大学出身者は基礎能力が高くその確率が高いってことです」。

   一方の部長は、「私が重視しているのはどこの会社で働いてきたか、です。結局レベルの高い上場クラスの大企業にいた人ほど、職務環境が厳しく仕事のレベルは高いですから」と。

   私から見ると、社長、部長それぞれの言い分はどちらもある意味で正しく、ある意味で間違っているように思えました。

   どちらも正しいというのは、採用基準の一面としては社長の見方も部長の見方も当然アリなわけです。どちらも間違っているというのは、中小企業の中途採用においては実は出身大学も出身企業も関係なく、活躍できるか否かはその人物が会社の風土や仕事の仕方に馴染めるかどうか次第、というところも多分にあるからなのです。問題は、社長が部長の意見を受けてどう考えるかだったのです。

   私は社長に言いました。

「選択の正しい正しくないは、採用をして時間がたってみなければ分かりません。どちらが正しいかを今諮っても結論は出ません。自分の判断で突き通すのか、思い切って部長の判断に任せるのか、ここでそれを決めて進んだほうがいいのじゃないですか」

   社長は困った表情を浮かべ、しばらく考えてから答えました。

「僕は何より組織の和を重んじたいから、できればこの問題も慎重に運びたい。僕と部長が先入観抜きでもう一度2人の候補者と一緒に面談して、最終結論を出しましょう」

   部長にそう話をすると、部長は「社長の選択でけっこうです」と今度は固辞します。それでも社長は「いや部長が納得しなければダメだ」と曲げずに、再度の面談で何を確認しどういう比較をするかを何度も部長に話をして、数日後にようやく実施のスケジュール調整に入りました。

経営者の一番の仕事は決断

   そうこうするうちに、2人いる候補者のうち社長イチ押しの1人から、他から先に内定をもらったのでと断りの連絡がありました。「仕方ない。残りの1人を念のため再度面接して適否の最終決定しよう」、と残った候補者に面接連絡をする段になった途端、こちらからもまた他社に決定とのお断りの連絡が。結局、社長お気に入りの高学歴候補にも、部長おすすめの大企業経験者にも、逃げられてしまったのです。

   数週間後再訪した際に、社長はいかにもなお人好し顔で「仕方がない。縁がなかったということだね」とサバサバと言っていました。しかし、一方の部長は大変不満顔でした。

「社長が決断しないから、こういうことになるのです。私がなんと言おうと、社長がその責任において決めればいいのですよ。私は単に私の経験から参考意見を言っているだけ。決断は社長の仕事なのですから。先代はそうやってモノを決めてきました。これでは私も意見が言いにくくなります。社長を迷わせるだけの存在なら、私はもう身を引いたほうがいいと思っています」

   経営者の一番の仕事は決断です。自分の意見を通すのも、周囲の意見を尊重するのも、経営者の決断ひとつ。経営者が「和」の重視を隠れ蓑に「決断」を渋るのは責任回避以外のなにものでもありません。トップが決断できないことはビジネス・チャンスを逃すことであり、さらには内部の信頼までも失うことに直結するのです。

   経営参謀である部長の辞任を匂わせる危機的なつぶやきを聞き、私は「和」の重視と「決断」は別物であることを社長にそれとなくお伝えしました。その後、部長が辞めたというお話は聞こえて来てはいませんので、うまく方向修正できていることを祈っています。(大関暁夫)