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日本でのビジネスはなぜ難しいのか
(3-上)「忠誠心」支えた 年功序列、終身雇用

   多少の不満があっても、従順に働いていれば、経済的にもそれなりの人生が送れる。企業への忠誠心の見返りが、年功序列と終身雇用であるといってもおかしくない。そのシステムが戦後日本の成長を支えたのも事実だ。

   日本を代表するタイヤメーカー・ブリヂストンで1999年、中間管理職の男性が包丁をもって社長室に立てこもった。社長は米国でファイアーストン社の労使紛争を鎮圧して帰国したやり手だった。能力給制度と組織のリストラを推進する米国式経営に舵を切ったことが男には我慢ならなかった。

「同一集団で勤め上げる」が評価される

東京・丸の内の全景。日本を代表する企業のほとんどは、まだ年功序列制だ
東京・丸の内の全景。日本を代表する企業のほとんどは、まだ年功序列制だ

     「ブリヂストンは社員を大事にする会社ではなかったか」と経営の転換を社長に求め、受け入れられないと知ると、社長の目の前で胸に包丁を刺して自殺した。この事件は年功序列と終身雇用という労使慣行が日本で揺らいできた中で起きた、と見られている。
   米国で「同じ新聞社で25年働いている」と言った私に「いいチャンスがなかったのか」と、哀れみを込めた反応があったのに驚いた経験がある。
   職場を変えながらキャリアを磨く、転職でステップアップする、というのが米国流の自己実現だが、日本は「同一集団で勤め上げる」ことが良しとされてきた。
   最近は、若い人たちに転々と職と変える動きが目立つ。意欲的な転職は評価されることもあるが、社会の目はそれほど寛容ではない。「腰が定まらないのは辛抱が足りないから」「転職癖が付くと信用されない」などと言われたりもする。

終身雇用と年功序列が定着は第二次大戦後

   終身雇用と年功序列の賃金体系が日本の労働市場の特徴とされるが、このシステムが社会に定着したのは第二次大戦後のことだ。
   主要な要因は(1)高度成長に伴う慢性的な人材不足で経営側は従業員を囲い込む必要に迫られた(2)農村社会から都市社会へと産業の重心が動き、給与所得者が急増した(3)家族制度、天皇制の崩壊で寄る辺を失った人々が職場に帰属意識を求めた、などが上げられる。
   焦土から再出発した戦後の日本は工業化で再生を目指した。農村から労働力を都市に移し、併せて教育体制を充実させ、大卒の管理・営業や技術者を育成した。厚くなった中間層は消費者として、大量生産で吐き出される製品の消費者にもなった。

(つづく)