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「賃金低い、出世しない」 「工学部離れ」で志願者4割減

   大学工学部の志願者が、ここ5年で4割も減少している。この「理系離れ」について、専門家は、工学部出身者が会社内で不遇なことも一因とみる。金融・証券の会社に就職する例も増え、このままでは、技術立国ニッポンは沈没するのか。

文系・理系の生涯賃金格差が5000万円

「エンジニアが下積みになっています。親や先輩、友人の父親を見て、生涯賃金のことが分かるので、インセンティブが小さいんですよ」

   「理系の経営学」などの著書がある東大大学院工学系研究科の宮田秀明教授は、理系離れと言われる現状をこう嘆く。

   理系、特に工学部離れは、確かに顕著なようだ。文部科学省の学校基本調査によると、2008年度入学の大学入試で、工学部の志願者数は、前年度比1割近く減の24万人余。これが5年前に比べると、なんと4割も減っているのだ。予備校の調査では、ここ1、2年は学校側の対策もあってやや持ち直しているという。しかし、ピークだった1992年からの下落傾向に歯止めがかかったとまでは言えないようだ。

   工学部離れの理由について、宮田教授は、高度な技術が要求されるにもかかわらず、エンジニアの賃金が安く、幹部に出世しにくいことを挙げる。

「今はプログラミングやITの知識が要求されるなど、昔より守備範囲が広く技術が難しくなっています。きちんと学ぼうとすれば、医学部のように6年かかります。しかし、難しいことをしても、それに比例した見返りがありません。日本では、マイクロソフトのビル・ゲイツのような成功例が出てこない。理系離れは、好き嫌い、モチベーションより、構造的な問題ですね」

   低賃金については、衝撃的なデータがある。日経ビジネスの8月25日付サイト記事によると、大阪大大学院の松繁寿和教授は、文系・理系両出身者の生涯賃金格差が5000万円という10年前の調査が、今も当てはまることが再調査で分かった、と言うのだ。特に、文系が多い金融・商社と理系が多い製造業の間にある産業格差が、そのまま賃金格差に表れたという。また、理系出身者の方が課長になるのが遅いなどの昇進格差も関係しているとしている。

東大工学部から金融・証券就職が激増

   工学部のうち、特に、電気・電子系の人気が落ちているようだ。

   学校基本調査によると、2008年度入試で、電気通信学部の志願者数は、5年前より5%減の3968人。日経ビジネスの08年8月19日付サイト記事では、東大工学部の3年次における進学振り分けで、電気・電子系が5年連続で「底割れ」したと伝えている。07年度の進振りでは、電気・電子系3コースのうち2コースで定員に達しなかったというのだ。

   その背景として、半導体やディスプレーの開発で韓国に遅れを取るなど、電気系産業の厳しい状況が挙げられている。前出の宮田教授は、「(株価暴落の)ソニーショックで始まりました。情報システム系もそうですが、仕事がきついのに給料が安く企業に魅力がないのが原因でしょう」と分析する。

   とはいえ、電気・電子系の技術は、自動車産業や重工業でも必要とされるようになっている。「車は今や、コンピューターのようなものだからです。重工業でも、飛行機の開発が始まっています」と宮田教授。

   ところが、新技術開発を担う大学院でも、志願者が減っているというのだ。日経ビジネスの8月26日付サイト記事によると、京大工学部では、博士課程の定員200人に、京大生は120人ほどしか集まらず、留学生を入れて埋めているという。その背景に、経済的なメリットが少ないことがあるとしている。

   宮田教授によると、こうした状況があって、東大でも工学部から金融・証券の会社に就職する学生が増えている。「私の研究室でも、10年以上前は20~30%に過ぎなかったのが、今や100%にもなるんですよ」。

   「まず、産業界を改革しないといけません。そうしないと、賃金がすぐ倍になる外資系に、いい人材が行ってしまいます」と宮田教授。さらに、船舶工学系の4専攻を改編して東大でシステム創成学科を立ち上げた経験から、「時代に合わせて、大学も会社と同じように変わらなければいけません」と話している。