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テレビ局はコンテンツ、通信会社はインフラ 分業でビジネスチャンス広がる
(連載「テレビ崩壊」第3回/山田肇教授に聞く)

   公共のものである電波(周波数)をテレビ局は既得権益として「私物化」しているのではないか。そんな厳しい声が上がっている。「放送(テレビ)」の特別視は不要で、携帯電話・ネットなどの「通信」と放送とは融合していくとの見方もある。「情報メディア経済学」に詳しい東洋大学の山田肇教授に話を聞いた。

「道州制」をローカル局は先取りすべきだ

「省庁関係の会議のときもラフな格好をしています」と話す山田肇教授
「省庁関係の会議のときもラフな格好をしています」と話す山田肇教授

――共著「ネットがテレビを飲み込む日」(洋泉社)の中で、「放送は通信の技術革新を受け入れよ」の章を担当されています。通信・ネットは、放送・テレビを飲み込むのでしょうか。

山田 そうは思っていません。放送を通信にのせる技術革新はしっかり理解する必要があります。しかし、通信会社とテレビ局は分業化したビジネスモデルの構築が可能だし、実際分業化していくだろうと思っています。

――どう分業化するのでしょうか。

山田 単純に図式的に言うと、テレビ局はコンテンツをつくることを柱とし、通信会社はコンテンツを流すインフラ提供に特化するということです。
   通信会社は現在、インフラ上に流す良質なコンテンツをなかなか見つけ出せないでいます。自前でつくるのは大変です。一方、テレビ局は地上デジタル化へのインフラ設備投資で経営が圧迫されたり、ネット有料配信の際の有効な課金システムを見いだせなかったりしています。この両者が協力し合えば互いに利益を得ることができるはずです。

――テレビ局は地上波放送はやめて、ネット配信に全面移行すべきだ、ということですか。

山田 いいえ、そうではありません。地上波放送自体は、一瞬にして何十万、何百万の人に情報を伝えることができる、非常に素晴らしい仕組みです。しかも視聴者は、テレビさえつけていれば自動的に情報を受け取ることができます。ネットで、極めて短い時間に100万人の人が同一コンテンツをクリックする。これは、かなり例外的なことと言えるでしょう。
   確かに、地上波放送などやめてネットで流せばいいという論者はいます。が、私は安全保障の観点からも、地上波、ネットと多様なインフラがあるのはいいことだと思っています。地上波放送はやめるべきではありません。しかし、地上波放送のための無線局建設・管理などは、各テレビ局が個別に行う現在のような非効率な形ではなく、一括で請け負うインフラ業者に任せ、テレビ局はコンテンツ作りに集中するということは十分あり得ると思っています。

――テレビ局にとって、コンテンツ制作に特化することは魅力的に映るでしょうか。むしろ、インフラも持ったこれまでの業態を守ろうと懸命なようにも見えます。

山田 そこは個人的には不思議なところです。ただ、経営学の観点にもあるように、過去の成功体験からくる「思い込み」に縛られているだけだ、とも言えます。新しいビジネスモデルへの移行のリスクが実際より大きく見えてしまう。今まで成功してきた、だからこれからもこれでいい、という訳です。
   ネットを敵視せず有効利用してコンテンツをもっと生かせるようにすれば、ビジネスチャンスは広がるはずです。ローカル局にとって県域免許制は今のビジネスを「守る」ものと受け止められているのかもしれませんが、邪魔になってくるのではないでしょうか。
   ネットを活用して、東京にいる大阪出身者に阪神タイガースの試合情報を配信したり、熊本出身者にサッカーJ2のロアッソ熊本の話題を送ったりすることには一定のニーズが見込まれます。爆発的に多い数ではないですが、積極的に情報を欲しがる、有料でも構わないといった層が存在します。
   また、地方分権で議題に上がる道州制を、ローカル局は先取りすべきだとも思っています。私が教えている博士課程の学生が「発見」したのですが、現状は、放送区域の人口に比例する形でローカル局の番組自主制作比率が決まっています。人口が少ないと、それだけ自主制作が少なくなり、東京キー局の番組をそのまま流している訳です。
   グルメの店紹介やイベント情報などを考えた場合、四国・香川県でテレビを見ているとして、東京情報よりも、隣県の愛媛や徳島の話題の方がはるかに身近だし、実際に出かける確率は高い。ここで、道州制のようにローカル局が協力して県域を越えて情報発信すれば、影響力は大きくなり、新たなビジネスチャンスが広がるでしょう。キー局への依存度も下がります。

電波オークション制度導入すべきだ

――キー局にもメリットはありますか。

山田 あります。不況の影響で広告が落ち込む中、過去のコンテンツの2次利用として、ネット有料配信を生かすべきでしょう。ドラマのDVD化や映画化、グッズ販売などに加えて取り組めばいい。今もネット有料配信は始めてはいますが中途半端です。また、アメリカの映画産業のようなシステム構築も必要です。映画公開の後は、DVDで儲け、その後は有料テレビに売って、さらにその後に無料放送で流す。これなら十分に儲けているので無料放送の映像をネットに公開されても、それほど目くじらたてなくてもいい訳です。テレビドラマでも同様の流れを構築できるはずです。「映画公開」にあたる最初の放送ではコピー防止をし、無料再放送では防止措置をはずしてもいいでしょう。

――テレビ局の電波利用については、2008年に著名な自民党衆院議員が「テレビ局が払う電波料は安すぎる」とブログなどで指摘したり、民主党の「政策集INDEX2009」で、欧米で行われている電波(周波数)オークション制度導入が盛り込まれたりしています。携帯電話会社からの不満もあります。テレビ局は保護され過ぎなのでしょうか。

山田 テレビ局の電波利用料は、私も安すぎると思います。前にも指摘したように、一瞬で何百万人にも向けた情報を送ることができるビジネスを保証されていることを考えると、34億円強という今の負担では、1ケタは安い。
   私はオークション導入賛成です。ただこう言うと、携帯電話会社やテレビ局の今の割り当てを召し上げてオークションでやり直せと言っていると誤解されることがあります。私は、オークションはデジタル化後の空き周波数などを対象に段階的に導入するべきだと考えています。また、ある1チャンネルが中継局用にある特定地域でしか使われず、ほかの地域では「空いている」状態であれば他の用途に共用すべきです。こうした「テレビ帯の周波数共用技術」は各地で実験が行われ、実用化の一歩手前まできています。
   イメージとしては、例えば渋谷エリアだけに届く情報をワンセグやデジタルサイネージ(電子看板)で見る、といった形です。私はこれをコミュニティTVと呼んでいて、地域に特化した広告需要が見込まれます。これには新規参入できるし、テレビ局が出資したり人を派遣したりするのもいいでしょう。
   テレビは電波から出て行け、とでもいうような議論もありますが、私には極論に聞こえます。とはいえ、例えば県域免許制などは、国による過保護で、むしろ新たなビジネスチャンスを阻害していると考えています。

山田肇さん プロフィール

   やまだ はじめ 東洋大学教授。1952年生まれ。慶応大学工学部卒、同大大学院工学研究科修士課程修了。同大工学博士。マサチューセッツ工科大学技術経営修士。76年、現NTTに入社、研究戦略立案などに携わる。2002年から東洋大学経済学部教授。内閣府の「電子政府ガイドライン作成検討会ユーザビリティ分科会」主査など政府関係の役職も歴任。著書に「標準化戦争への理論武装」「技術経営 未来をイノベートする」などがある。