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「文芸春秋」が37年前の論文「日本の自殺」を再掲載 朝日新聞の「エール」に応える

   月刊誌「文芸春秋」の最新号(2012年3月号)に、37年前の同誌に掲載された論文「日本の自殺」がトップで再掲載されるという異例のことが起きた。きっかけになったのは、朝日新聞が12年1月10日付け1面に掲載した若宮啓文主筆の「日本の自殺」に書かれていたことが現実になってきた、という記事だった。

   また「日本の自殺」を書いた「グループ一九八四年」は誰なのか謎とされていたが、今回、当時の編集長がその正体も明かしている。

政治家やエリートは大衆迎合主義をやめろ

「朝日新聞」と「文芸春秋」の思いがけぬコラボ?!
「朝日新聞」と「文芸春秋」の思いがけぬコラボ?!

   「日本の自殺」はもともと同誌の1975年2月号に約22ページにわたり掲載されていた。高度成長に湧き豊かさを享受している現在の日本だが、かつて栄華を誇った古代ギリシャ、ローマ帝国の衰退と没落と同じ道を歩いている、という視点で書かれている。

「ほとんどすべての事例において、文明の没落は社会の衰弱と内部崩壊を通じての『自殺』だったのである」

とし、現在の日本の間違った繁栄によって、道徳は荒廃し、人心はすさみ切り、日本人は病み個性を失って呆然と立ち尽くし、自壊に向かっている、と論じている。

   「自殺」を食い止めるためには、欲望肥大のサイクルから抜け出ることが必要で、自己抑制を行い、人の幸福をカネで語るのをやめ、国民が自分のことは自分で解決するという自立の精神と気概を持ち、政治家やエリートは大衆迎合主義をやめ、指導者としての誇りと責任を持ちなすべきこと、主張すべきことをすることだ、と結論付けている。

   「文芸春秋」の現在の編集長である木俣正剛さんは大学生のころ、この論文を読んだ。高度経済成長に沸き、繁栄は続くと誰もが思っていた時代だっただけに、強い衝撃を受けた。当時、この論文は非常に注目され、経団連会長の土光敏夫さんは絶賛しコピーしては知り合いに配ったそうだ。

   「文芸春秋」編集長に就任して以来、この「日本の自殺」のような論文が掲載できれば、と常に考えてきた。

   そんな折、12年1月に朝日新聞1面「座標軸」という大型コラムに「『日本の自殺』を憂う」という見出しで、次のような記事が掲載された。筆者は、朝日の若宮啓文主筆だった。

「古い論文が手元にある。1975年の文芸春秋2月号に載った『日本の自殺』だ・・・古代ギリシャもローマ帝国も自らの繁栄に甘えて滅んだと指摘、日本も衆愚政治で同じ道を歩んでいると警告する刺激作だった・・・国の借金が瀬戸際までふくれたいま、『日本の自殺』がかつてなく現実味を帯びて感じられる」

   そして

「与野党とも政局や選挙の利害ばかりを考えず、明日への責任を心に刻んで大人の議論をすること。それが『自殺』を避ける道である」

と結んでいた。

筆者「グループ一九八四」のメンバー名が明かされる

「37年たっても『読みたい』という問い合わせがあるんですよ。でも書籍にはなっていません。今回、朝日新聞が話題にしたことで、あっと思いまして、であるならば、異例なことではありますが、全文を再掲載しようと。多くの人にこの素晴らしい論文を読んでいただきたいですし、今の日本、今後の日本を考える大きなヒントをもらえると思います」

   木俣さんはそう話している。

   この論文の筆者は「グループ一九八四」で、ジョージ・オーエルの近未来小説「一九八四」をもじったものだとされているが、いったいどんな集団なのかは謎のままだった。今号には、37年前にこの論文を掲載した当時の「文芸春秋」編集長、田中健五さんが寄稿し、筆者について明かしている。

   それによれば、グループは各分野の専門家二十数人による学者の集まりで、中心人物は香山健一元学習院大学教授だったことが後にわかったという。そして田中元編集長の想像で、グループには公文俊平元東大教授、佐藤誠三郎元東京大学名誉教授、さらには清水幾太郎元学習院大学教授の研究室にいた学者たちがいたのだろうと書いている。

   文芸春秋が今回、朝日の「エール」に応える形で再掲載に踏み切ったことで、この論文が再び注目されることになりそうだ。