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「原発回帰」安倍政権 再稼働の行方(5)
原発を止めたままだと国民生活に影響出てくる
みずほ総研エコノミスト・徳田秀信さんに聞く

   原発停止で年に3兆円の国富が流出―こんな衝撃的な試算を2012年10月、国家戦略室の需給検証委員会が出した。原発を火力で代替する分、燃料費がかさむというのがその理由だ。

   原発を止めたままだと、国民生活にどのような影響があるのか。みずほ総合研究所経済調査部エコノミストの徳田秀信さんに聞いた。

直接・間接的に値上げの影響が出る

太陽光発電のコストダウンは「スケールメリットだけでは不十分。技術革新が必要」と話す、みずほ総研エコノミストの徳田秀信さん
太陽光発電のコストダウンは「スケールメリットだけでは不十分。技術革新が必要」と話す、みずほ総研エコノミストの徳田秀信さん

―― 「年に3兆円」という非常に大きな数字が予測されていますが、この根拠は何でしょうか。

徳田 1キロワット時あたりの燃料単価を比較した結果です。原子力だと1円で済みますが、液化天然ガス(LNG)だと11円で、石油が17円。石炭だと4円です。この差額が積み上がって、原発を止めると年に燃料費が3兆2100億円増加すると予測されています。

―― この3兆円、どのような形で国民生活に影響するのでしょうか。

徳田 まずは電力会社のコストが増加します。そのコストをカバーするために、電力会社は電気料金の値上げを余儀なくされます。実際に、東京電力など複数の電力会社が値上げを打ち出しています。二つの面で消費者には影響が出ます。一つ目が、消費者向けの電気料金が上がるという直接的な影響です。二つ目が、間接的な影響です。企業向けの電気料金も上がった結果、企業が負担するコストが増えるので、その分が製品価格に転嫁されるでしょう。

人件費の割合は総原価の8.2%しかない

―― その場合、消費者にどの程度出費が増えるのでしょうか。
徳田 直接的な影響が1世帯あたり月額1432円、間接的な影響が1117円です。ただし、電力各社は12年度に不要不急の設備投資2000億円、修繕費や諸経費7300億円を減らすとしています。そうなると、電力会社のコスト増は2兆2800億円で済むことになります。これを加味すると、直接的な影響は1031円、間接的な影響は802円になるとみています。また、国内総生産(GDP)は約0.5%減少すると試算されています。
   さらに、電気は必需品なので、低所得者への収入に対する割合が高くなる逆累進性にも注意する必要があります。間接的な影響にしても、仮に電気を大量に使う鉄道会社が値上がり分を運賃に転嫁すれば、低所得者に対する影響の方が大きくなります。

―― 東京電力に対しては「人件費を下げろ」「資産を売れ」といったリストラの徹底を求める声が根強い。値上げを避けるためこれは有効でしょうか。それとも「焼け石に水」でしょうか。

徳田 人件費の割合は総原価の8.2%なので、あまり減らす余地はないように思われます。やはり燃料費が大きい。資産を売ることは必要で、一時的に資金を得ることができます。ですが、ずっと続けられるものではなく、限界があります。
   また、今行われているコスト削減策にしても、無理をして設備投資を絞ったり、古い火力発電所を無理して使ったりしている面があるので、何年も続けられません。今後、電力会社ごとに数百億円単位のコストがかかってくる可能性もあります。

再生可能エネルギーの割合を40%にすると電気料金は月4000~8000円増加?

―― 共産党が「LNGを不当に高く買わされている」と主張しています。もっと安くならないものでしょうか。

徳田 米国で採掘が進んでいるシェールガスが有望視されています。2017年頃から輸入が始まる見通しですが、日本政策投資銀行の試算では、LNGに比べて7~15%価格が落とせるとみています。額にすると5000~6000億円程度の削減効果がありそうです。

―― 太陽光や風力などの再生可能エネルギーを増やせば原発がなくても大丈夫、という議論もあります。

徳田 国家戦略室の「エネルギー・環境会議」の12年6月の試算によると、原発をゼロにして再生可能エネルギーの割合を40%に高めた場合、1世帯あたりの電気料金は月に4000~8000円増加する見通しです。消費者物価は2.5%上昇し、実質GDPは2.5%抑制されると予想されています。もっとも、日本は民主主義社会なので、コスト増を踏まえても、国民の皆さんが原発を動かしたくないということであれば、あり得るとは思います。

太陽光は高コストで技術革新が必要だ

―― 再生可能エネルギーの発電装置が普及して多く製造されるようになると、スケールメリットで価格が下がるのではないでしょうか。

徳田 再生可能エネルギーの中でも、風力発電といった比較的低コストなものについては導入を促進するのが望ましいと考えます。ですが、太陽光は高コストなままで問題があります。太陽光のコストを火力並みまで下げるにはスケールメリットだけでは不十分で、技術革新で新しい方式に移行しないと難しいでしょう。

―― こういった状況は、製造業が国外に拠点を移し、国内の産業空洞化を後押しすることにもなりませんか。

徳田 製造業は市場が海外にあるため、市場の近く、つまり海外で生産を行っているケースも多いです。電気代値上げで、その流れが「もう一押し」となる可能性はあります。今は円安になっているので人件費などを含めた国内での製造コストの高さは多少緩和されている面もありますが、やはり電気代の値上げはジワジワと効いてくると思います。

徳田秀信さん プロフィール

とくだ・ひでのぶ 1983年東京都生まれ。2006年東京大学経済学部卒業、みずほ総合研究所入社。2007年から2年間内閣府へ出向し、経済財政白書や月例経済報告の作成に携わる。現在は日本経済の計量分析や消費・雇用動向の調査を担当。