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「残業代ゼロ」案、安倍首相が押し切る 「岩盤規制」に風穴、厚労省も「ゼロ回答」はできなかった

   週40時間という労働規制の見直しを、安倍晋三首相が押し切る方向になった。時間でなく成果に応じた報酬の仕組みを導入し、「効率的な働き方」ができるようにしようというもので、経済界の要望を受け、第1次安倍内閣時代に法案まで準備しながら「残業代ゼロ法案」と批判されて断念した経緯がある。

   労働側の反発が強く、厚生労働省も消極的だったが、首相の強い指示を受けて厚労省が軟化し、2014年6月中にまとまる「新成長戦略」に一定の方向性が盛り込まれる見通しだ。

経済界vs労働界・厚生労働省という構図だった

規制緩和か緩和反対か「残業代ゼロ法案」の行方は
規制緩和か緩和反対か「残業代ゼロ法案」の行方は

   労働基準法は労働時間を「週40時間、1日8時間」と定め、残業が月60時間を超えれば企業は原則50%以上の割増賃金を払う必要がある。課長級以上の「管理職」はこの規制の対象外。また、従業員にある程度労働時間の配分を任せる「裁量労働制」もあるが、「この仕事はこのくらい時間がかかる」とみなして給料を払うので、みなし時間を超えて働けば残業代は払われる。

   この議論は、21世紀になって経済界が規制緩和を求め始めて以降、経済界vs緩和反対の労働界・厚生労働省という構図で戦わされてきた。今回も構図は同じだが、ここにきて、厚労省が安倍首相の強い意向に押されて妥協に転じ、「部分緩和」となるのはほぼ確実。その範囲・程度をめぐり、激しい議論が続いている――ということだ。

   経過を振り返ってみよう。まず出てきたのが「ホワイトカラー・エグゼンプション(除外)=WE」と呼ばれる制度だ。管理職手前を中心に高年収のホワイトカラーを規制から除外するというもので、第1次安倍内閣時代の2007年に法案までまとめられたが、世論の反発で断念に追い込まれた。

   安倍首相の政権復帰後、「国家戦略特区」にからめるなど再び議論がされるようになった。今年4月には、政府の産業競争力会議の民間議員である長谷川閑史経済同友会代表幹事が「新たな労働時間制度」として、「高収入・ハイパフォーマー型」と「労働時間上限要件型」の2つの型を提案した。

   前者は2007年のWE案とほぼ同じ。後者は、年収1000万円といった高給取りでないヒラ社員でも、本人が柔軟な労働時間を望み、労使の合意があれば、労働時間の上限を決めて働くことができ、「目標達成度に応じた報酬」になるもので、子育てや介護をしている女性などが働きやすくなるという触れ込み。残業代ゼロという色合いを薄めるべく、「多様な働き方」というコンセプトを強調することで、世論の批判を和らげようという作戦だった。

   しかし、労働側の反発は収まらず、内容ももちろん、労働側の代表がいない政府の会議で労働問題を決めようとしていることも強く批判。政府・与党内でも公明党が「サービス残業の合法化につながる」と官邸に申し入れるなど消極的で、厚労省も「会社と比べて働き手の力は弱い」(田村憲久厚労相)と慎重姿勢を示してきた。

長谷川氏が修正案

   そこで、長谷川案の2型を一本化した修正案が5月28日の競争力会議に出された。専門性の高い高給の社員に限らず、企業の各部門の中核・専門的な人材や将来の管理職候補を対象にするというもので、本人の同意を前提とし、一般事務や小売店などの販売職、入社間もない若手職員は見直しの対象外とした。具体的に、商品開発や海外事業のリーダー、金融関連ビジネスのコンサルタントや資金運用担当者などを例示、管理職一歩手前の副課長級以上を想定しており、1000万円以上といった年収要件を外している。

   これに対し厚労省も、この日の競争力会議で一部容認に方針転換。ただし、為替ディーラー、資産運用担当者、経済アナリストなど「世界レベルで通用するような人材」に範囲を限定し、企業の中核部門で働く社員等は裁量労働制の拡充で対応する考えを示した。

   4月の長谷川提案以降、安倍首相は「時間ではなく成果で評価される働き方にふさわしい、新たな労働時間制度の仕組み」の検討を関係閣僚に繰り返し指示。水面下で、競争力会議を仕切る官邸・内閣府と厚労省が折衝を重ねた結果、具体的な範囲で隔たりはあるものの、厚労省も「首相の意向にゼロ回答はできない」(霞が関筋)と判断し、限定緩和に舵を切った、ということだ。

2年後の2016年度から実施

   連合は5月27日、反対集会を全国47都道府県で一斉に開き、全国で2万2000人が参加するなど徹底抗戦の姿勢は変わらない。厚労省も、規制緩和の範囲拡大には抵抗する構え。具体的な制度は労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で慎重に議論し、2年後の2016年度から実施するが、審議会は労・使・中立の委員が議論するので、競争力会議のように一方的な企業ペースで進むわけではない。

   長谷川修正案は本人同意を前提としていても、本当は本人が望んでいないのに、「希望しなければ昇進させない」と言われたら断れない恐れが指摘されている。次期経団連会長に就任する榊原定征・東レ会長が競争力会議後、「一般の労働者にも適用を広げることも検討してほしい」と早速述べたように、たとえ厚労省の抵抗で一気に大幅に緩和できなくても、「『岩盤規制』に風穴をあけるだけで企業には大きな前進」(霞が関筋)ということだ。