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アベノミクス「カネ次第」で解雇できる時代が来る? 「海外では当たり前の制度」と言うが…

   安倍政権が掲げる成長戦略で、裁判で解雇無効の判決が出た場合に労働者に金銭を支払って解決する「金銭解雇」が議論された。現状では「今後の検討課題」だが、認められれば日本の解雇規制が大きく変わることとなる。

   欧米など主要国では一般的だと政府は説明するが、労働団体は、雇用主が労働者を「カネさえ払えばクビにできる制度だ」と警戒を強める。

「解雇無効」判決でも復職しにくい場合の制度として議論

「成長戦略」の一環として議論された「金銭解雇」
「成長戦略」の一環として議論された「金銭解雇」

   日本の解雇法制は、労働契約法第16条に基づく。「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」というものだ。上司に反抗的だ、実績が伸び悩んでいる、という理由だけで客観的、合理的な理由なく解雇すれば、解雇権の濫用とみなされる。雇用側が業績不振の場合も、いわゆる「整理解雇の4要件」を満たして初めて従業員の解雇が認められる。

   これに対して、一定の金額を支払うことで労働者を解雇できるようにする「金銭解雇」が議論された。小泉政権下の2003年にも導入が検討されたが、補償金額を巡って中小企業が難色を示し実現しなかった。第1次安倍政権の2007年にも浮上したという。今回は成長戦略の一環として、「予見可能性の高い労働紛争解決システムの構築」が話し合われた。解雇を巡って労使間で紛争が起き、裁判所が解雇無効の判決を出したが労働者が復職しにくい場合、一定額を受け取って退職するという仕組みについてだ。

   2014年5月28日に行われた産業競争力会議課題別会合の資料を見ると、このテーマは「働き方改革」の課題のひとつとして掲げられている。欧米の主要国ではすでに「金銭救済制度」が取り入れられているという。国内ではこうしたシステムが不透明なために訴訟を提起する余力のない人が不利益となり、「中小企業労働者の保護が不十分」だと説明する。ただし今回は、今後1年以内をめどに結論を出すとして「検討課題」にとどまった。「労働審判事例等を分析し、我が国の実情に応じた対応について検討する」という。

   金銭解雇が認められれば、労働者側にとって大きな心配がある。雇用側が解雇権を濫用しやすくなるのではないかという点だ。社会保険労務士の野崎大輔氏は取材に対し、「横暴な経営者が『カネで解決できる』とばかりに解雇に走りやすくなる、という懸念はあります」と指摘する。日本労働組合総連合会(連合)はウェブサイトで、「解雇は無効との判決を勝ち取っても、会社がお金さえ払えば労働者をクビにできる制度」とストレートな表現で反対している。

高額の補償金設定すれば「わざと解雇」される人も?

   ただ、雇用側が本当に解雇を頻発するようになるかと言えば「簡単ではないでしょう」と野崎氏はみる。

   例えば政府から支給される助成金の一部は、会社都合による解雇が行われると受け取れなくなる「ペナルティー」がある。また複数の訴訟を抱えれば、経営体力の乏しい中小企業は負担が小さくないはずだ。社員が次から次に「クビ」となれば、残った社員の士気や会社に対する信頼性は低下するだろうし、ひいてはそれが業績に悪影響を与えかねない。

   一方で「厳しい解雇法制」とされる現状も、課題はある。労働者が解雇を巡る訴えを起こし、解決金を手にしても十分とは言えなさそうなのだ。中央大学商学部の江口匡太教授は、同大学が読売新聞電子版の中で運営するサイト「教育×ChuoOnline」2013年6月17日付の記事中、解決金の相場がおよそ「紛争期間×0.5か月分」だと調査の結果判明したと説明した。これによると、月給50万円の人が1年争って300万円を手にする計算となるが、「弁護士費や再就職したら得られたはずの所得などを考慮すればいくらも残らない金額」という。そもそも訴えられず「泣き寝入り」の人も多く、金銭解雇が認められればこうした人たちが補償を求められるようになると指摘した。

   仮に金銭解雇が実現した場合、現実的に考えて最大の焦点となるのがその金額だろうと野崎氏。労働者側に手厚い補償金額が設定されて高い金額になれば、むやみな解雇の歯止めになり得るだろう。しかし、逆にこんな懸念が生じる。労働者側が高額の補償金を目当てにわざと解雇されるような振る舞いをしないとは言い切れない、というわけだ。

   安易に金銭解雇を導入すれば、解雇権の濫用の恐れがぬぐいきれず、労働者側に一方的に有利なシステムをつくると今度は悪用されるかもしれない。いずれにしろ「解決は難しいと思います」と野崎氏は話した。