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村上春樹はなぜノーベル賞を取れない? 大手紙が指摘していた「いくつもの理由」

   村上春樹さんは2016年もノーベル文学賞を受賞できなかった。すでに50言語以上に翻訳され、世界中で読まれているのに――。

   なぜ受賞できないのか。いったい、いつになったら受賞できるのか。「万年候補」で終わるのか。そんな疑問や苛立ちにこたえるような、事前の予測記事が今年は目立った。そこでは「いくつもの理由」が挙げられていた。

  • 村上春樹氏の著書「職業としての小説家」(新潮社)
    村上春樹氏の著書「職業としての小説家」(新潮社)
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「才能は十分認めるが......」

   とくに、注目を集めたのが10月4日の毎日新聞の特集記事だ。今年は2年ぶりに、英国のブックメーカー(賭け屋)が、村上氏を受賞候補のトップに挙げている。いよいよ取れるのではないか。担当の藤原章生記者が、ノーベル文学賞が審査されるストックホルムで活躍するジャーナリスト、デューク雪子さん(50)に電話すると、返ってきた答えは、意外にも「難しい」だった。

   雪子さんは「ノルウェイの森」など7冊の村上作品を日本人の母、叡子さんと共訳。ノーベル文学賞を選ぶスウェーデン・アカデミーにも詳しい。

「今のところ、アカデミーの会員たちの好みとちょっと違ってて彼が描く世界の深みを会員がわかっているかどうか。面白さを読み取っていない感じがする」
「アカデミーから漏れ聞こえてくる声は『才能は十分認めるが......』なんです。『......』をはっきりは言わないんですが、何かが望まれている。深みというのか......。軽すぎると思われているんじゃないですかね」

むしろ石牟礼道子さんの方が・・・

   確かに、最近のノーベル文学賞の受賞者の経歴や受賞理由は、「重い」。14年に受賞したフランスのパトリック・モディアノさん(1945~)は、ナチス・ドイツ占領下のパリで、ユダヤ系イタリア人の父と、ベルギー人で女優の母との間に生まれた作家だ。授賞理由は「最も捉え難い人々の運命を召喚し、占領下の生活世界を明らかにした記憶の芸術に対して」。

   15年に受賞したのはベラルーシの女性作家、スヴェトラーナ・アレクサンドロヴナ・アレクシエーヴィッチさん(1948~)。父はベラルーシ人、母はウクライナ人。独裁政権の圧力や言論統制を避けるため、2000年にベラルーシを脱出し、西ヨーロッパを転々とした。受賞理由は「我々の時代における苦難と勇気の記念碑と言える多声的な叙述に対して」。作品『チェルノブイリの祈り』はベラルーシでは出版できなかったという。

   こうした受賞理由を見ると、日本人作家では村上さんより、むしろ「水俣」をテーマとする石牟礼道子さんの方が有力なのではないかと思ってしまうほどだ。

国内では批評家・文壇から厳しい言葉

   現代史と正面から向き合う社会性のある作品。あるいは圧政と闘う文学――。アカデミーの会員たちが「重厚さ」を好むのは、ノーベル文学賞の伝統と、そうした伝統を重んじる審査員の年齢も影響しているのではないかと見られてきた。

   毎日新聞の藤原記者は、スウェーデンの文化ジャーナリスト、クリステル・デュークさん(83)にも取材している。それによると、現在のアカデミー会員は実働16人。平均年齢は69.6歳。まだ年齢は高いが、かつて「老人クラブ」と言われていた時代よりは若返った。この12月には72年生まれの女性作家も入る予定で、「好み」が大きく変わる予感があるという。

   朝日新聞の10月6日の記事によると、アカデミーの選考では、世界中の作家団体や過去の受賞者から推薦を募って対象者リストを作り、候補者を絞り込む。そこで気になるのが、10月2日の朝日新聞「GLOBE」の記事だ。

   「不安な世界をハルキが救う」という特集の中で、担当の太田啓之記者は、「世界的なベストセラー作家としての地位を確立した村上だが、国内では批評家・文壇から厳しい言葉を浴びてきた」と、「内なるハルキ批判」について紹介している。

   ここで批判者として登場するのは、作家・評論家で元東大総長の蓮實重彦さんや日本を代表する評論家の柄谷行人さん。アカデミー側が事前に、内々にヒヤリングしているかもしれない超大物なので、穏やかではない。過去の受賞者の大江健三郎さんが、村上さんをどう評価しているのかなども気になるが、選考過程は非公開なので、わからない。

   同じ特集の中では、村上さんが米国で、敏腕の出版代理人と組んで声価を上げ、ベストセラーを連発していったことも明かされている。このあたりも、「商業主義的な作家」とみなされ、アカデミーの「重厚好み」とはズレがあるかもしれない。

   もちろん特集では、肯定的な評価も多数紹介している。ナポリ東洋大の教授として日本の近現代文学を研究し、イタリア文化会館東京館長を務めるジョルジョ・アミトラーノさんは、「村上は世界のどの作家の追従も許さないほど、現代という時代の本質をつかみ取っている」と断言している。

   不安な時代をどう生きるか――。ポップな文体で重いテーマを語り、ドストエフスキーを敬愛していることでも知られる村上さん。その真価がアカデミーに認められるのはいつになるのか。毎日新聞の記事で、アカデミーの若返りを指摘したスウェーデンのクリステル・デュークさんは、村上氏が「近い将来、取る可能性は十分ある」と見ており、いましばらく待つほかないようだ。