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プロ棋士はもはや囲碁AIに勝てない 進化型アルファ碁「Master」の衝撃

   「囲碁AI(人工知能)はプロ棋士の能力を遥かに超えてしまった。さらに進化が進み追いつくことはできないだろう」。囲碁AIにくわしいプロ棋士の大橋拓文六段はJ-CASTニュースのインタビューにそう語った。

   「Master」と名乗るアカウントがインターネット囲碁サイト「東洋囲碁」で確認されたのは2016年12月29日。あまりの強さから大人気マンガ「ヒカルの碁」の登場人物・サイ(藤原佐為)ではないのか、などと取り沙汰されたが、グーグルは日本時間の17年1月5日、自社が開発した囲碁AIだと公表した。既に世界のトッププロ相手に60連勝していて、かなう棋士はもういないのだという。

  • もう棋士は囲碁AIには勝てないのか・・・(写真はイメージ)
    もう棋士は囲碁AIには勝てないのか・・・(写真はイメージ)
  • もう棋士は囲碁AIには勝てないのか・・・(写真はイメージ)
  • 「囲碁界はAIを活用する道を示す必要がある」(大橋拓文六段:2017年1月5日撮影)

16年末にネットに忽然と現れる

   チェス、将棋などトッププロを撃破するAIが登場しても、囲碁だけは打ち手が複雑なため人間を超えられないだろう、というのが長い間の定説だった。それを覆したのが16年3月中旬に行われたグーグル傘下の会社が開発した人工知能「アルファ碁(AlphaGo)」と、韓国の世界のトッププロ、イ・セドル九段との対戦で、1勝4敗で敗れるという波乱が起きた。

   しかし、これ以降、なぜか「アルファ碁」は影を潜める。グーグルが囲碁AIに関する論文を公表していたことから、それを参考に「アルファ碁」に追いつこうと、新たな囲碁AI開発ラッシュが始まった。囲碁対戦サイトでは現在、中国の「刑天」など複数の囲碁AIが対戦をしていて、勝率は9割というものも出ている。

   そして、16年末に忽然と現れたのが「Master」だった。17年1月1日からは中国発の囲碁サイト「野狐囲碁」に出没し、誰も敵わず勝率は100%だった。その噂を聞き、世界のトッププロが次々に挑戦することになるわけだが、そもそもプロ棋士がこうした場で非公式対戦をしているのはなぜなのだろうか。

トッププロ相手に60戦60勝

   大橋六段によれば、プロ棋士ならば多くが対戦サイトにアカウントを持っていて、実名で登録している人もいる。また、実名でなくともトッププロであることを示すマークを付いている。それは強いプロほど強い相手と対戦したいという欲求があるからで、柔道で言えば「乱取り」感覚の対戦となる。

   トッププロとの対戦で「Master」は勝ち続け、16年大晦日までに「東洋囲碁」で30連勝、17年1月5日までに「野狐囲碁」で30連勝、合わせて60連勝と勝率は100%となった。では「Master」とは誰なのか。ネット上ではあまりの強さに「ヒカルの碁」のサイだと持てはやされた。囲碁の強い人でも最高勝率はだいたい6割で、いくら強い人でもミスが出て100%の勝率は不可能。勝ち方からもAIだと推測された。

「Masterが10勝した時点では、誰かが破るだろう、という雰囲気でしたが、30勝を超えると、全世界がMasterの強さに気づきました。50勝でもうお手上げ、という感じでしたね」

と、対戦を見ていた大橋六段は打ち明ける。最初の10局を見た段階で未曽有の囲碁AIだと確信した、ともいう。

   そして、グーグルは17年1月5日、「Master」は「アルファ碁」の進化型であることを公表した。今までそれをなぜ隠していたのか。16年3月に行われた「アルファ碁」とイ・セドル九段との対戦で、グーグルは1敗もしない完全勝利を確信していたのではないか、と大橋六段は予想している。1敗のショックから「アルファ碁」を公の場から外し更なる開発を進めたのではないか、というのだ。「Master」は勝率100%で、トッププロから60連勝したことで、胸を張ったのだろうという。その「Master」との対戦はどのようなものなのだろうか。

人間では理解できない手が30手以内に出てくる

   囲碁は別名「手談」ともいわれ、プロ同士の戦いならば、対戦相手の性格、癖、プレイスタイルなどを把握していて、打ち手の呼吸だけで相手の考えを察知する。そして実力とは別にその日の体調、威圧感やオーラのようなものも影響してくる。人間ならば、構想を立て、流れを読みながら勝利を引き寄せる。しかし、「Master」にはそれがない。常に局面ごとの最適解を探索し、勝利を求める。囲碁はおよそ200手で決まるものだが、大橋六段は、

「人間では理解できない手が30手以内に出てくる。しかし、後にそれが良い場所になってくる不思議、マジックのようだった」

と説明し、30手までに「これはおかしい」と不安になり、50手で「ヤバイ」、100手で「大差で負ける」。最後は「お稽古してもらっている」気分になった、という。

   それでもいつかはテレビゲームのように攻略法が見つかるのではないのか、と聞くと、

「無理なのではないでしょうか」

と大橋六段は語った。例えば現在5歳の囲碁の天才に囲碁AIの棋譜を記憶させ続ければ10歳の頃には攻略は可能になるかもしれないが、それは5年前の囲碁AIの性能に対する攻略であり、囲碁AIはさらに遥か先に進化しているからだという。

「絶対に勝てないからといってAI鬱、AIシンドロームなどと落ち込む必要はなく、囲碁界はこれからいかにAIを活用して全体を盛り上げていく道を探り、明るい関わり方をしていかなければならないと感じています」

   そう大橋六段は話している。