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アメリカの逆鱗に触れた? 牛肉めぐる「14年ぶり」セーフガード

   政府が米国産などの冷凍牛肉に対し、2017年8月1日から緊急輸入制限(セーフガード)を発動した。18年3月末まで、38.5%だった関税率が50%に引き上げられる。輸入増加に歯止めをかけて国内の農家を守るための措置だが、外食産業への影響が懸念されるほか、日米通商摩擦の火種になる懸念もある。

   セーフガードとは、輸入急増から国内産業を守るため、関税を引き上げたり輸入数量を制限したりする措置で、世界貿易機関(WTO)のルールで認められている。冷凍牛肉は、全体の輸入量と、米国など日本と経済連携協定(EPA)を結んでいない国からの輸入量のいずれもが、四半期の前年度同期比の増加幅が17%を超えた場合、自動的に関税を引き上げる仕組みになっている。今回は4~6月の輸入量全体が前年同期より17.1%、EPA未発効国からの輸入量の合計が24.8%増え、基準値に達した。発動は、冷蔵品が対象だった2003年8月~04年3月以来、約14年ぶり4回目。対象は米国やカナダ産などで、個別にEPAを結ぶ豪州、メキシコ、チリ産などは除外される。

  • 輸入の急増で牛肉にセーフガードが発動された(画像はイメージです)
    輸入の急増で牛肉にセーフガードが発動された(画像はイメージです)
  • 輸入の急増で牛肉にセーフガードが発動された(画像はイメージです)

干ばつでオーストラリア産牛肉が高値で推移

   輸入が急増したのは、干ばつでオーストラリア産牛肉が高値で推移したため、外食産業などが米国産の調達を急いだため。中国が5月に米国産牛肉の輸入解禁を公表したことで、牛肉の国際価格に先高観が出て、日本の輸入業者が長期保存可能な米国産冷凍牛肉の調達を急いだことも影響したという。

   日本の牛肉市場は輸入品が6割のシェアを占める。相手国は豪州56%、米国33%と2強で約9割を占める(2016年度)。豪州は対象外なので、実質的には米国を狙い撃ちにした形になる。明確な数量基準があるため、日本政府としては「ルールに基づき機械的に発動するだけ」(農林水産省)。行政ルール上、理由もなく米国への「忖度」はできないということだ。

   消費への影響はどうか。真っ先に損害を被りそうなのが、冷凍牛肉を多く使う牛丼チェーンだ。「品質的に牛丼にマッチするのは米国産が多く、豪州産の生産が回復しても簡単には切り替えられない」(業界関係者)との声が強い。仮に切り替えようにも、豪州産も米国に連動して値上がり傾向にあるといい、簡単ではない。また、節約志向が根強いため、関税上昇分を価格転嫁するのも簡単ではなさそうで、牛丼各社の経営を直撃する可能性もある。

   食品スーパーなどは冷凍牛肉の扱いが多くなく、豪州産、あるいは米国産の冷凍以外の冷蔵(チルド)肉などを使うのであれば、影響は限定的。政府が発動を決定した7月28日、山本有二農相(当時)は同日、「(制限対象は)輸入牛肉全体の2割にとどまる。消費者への影響は限定的」と述べた。

日米の摩擦が強まるおそれ

   そうなると、やはり、心配は米国との関係だ。パーデュー米農務長官が発動を受け直ちに声明を発表し、「日本が冷凍牛肉の関税を引き上げれば、米国の対日貿易赤字は拡大するだろう。農畜産分野における重要な対日貿易関係を害するものだ」と日本を非難。その前日には米国食肉輸出連合会が「米国の牛肉生産者だけでなく、日本の外食産業にも重大な影響を及ぼす」と、発動を牽制するコメントを出している。米トランプ政権は対日貿易赤字の拡大を問題視しており、中でも農業分野の日本の市場開放を重視していることから、日米の摩擦が強まるおそれがある。

   日本政府は当初、やや高をくくっていた節がある。発動を発表した際、麻生太郎財務相は「粛々と執行していく」と述べた。環太平洋経済連携協定(TPP)が今回の措置の廃止を決めていたことから、麻生氏は8月1日には、「TPPが発効していたら、(セーフガードは)なくなっていたはずだ」と述べて、米国側を牽制した。

   とはいえ、これが時代遅れの遺物という側面も否定しきれない。そもそも、1995年発効したウルグアイラウンドで、今回のようなセーフガードを簡単に発動できる仕組みを作った。その後のWTO交渉が進まず、20年以上前のルールがそのまま残っていた形。この間、日本でも肉用牛飼育農家の生産性はアップしているし、「そもそも価格帯の高い国産牛肉と外食用などの米国産冷凍肉とは競合しない」(全国紙経済部デスク)とも指摘される。

   麻生財務相は今回、8月1日の記者会見で「(発動基準となる)期間をもう少し長くした方がいいという議論はあり、3か月を6か月にするとか、いろんな話がある」とも述べている。3か月では一時的な要因の影響が受けやすいということだ。

   これに対して斎藤健農相は就任後のマスコミのインタビューで、セーフガードが関税引き下げの代償措置として導入されたことを指摘し、「今、見直しは考えておらず、米国側とよく話し合って理解を求めることをギリギリまでやるべきだ」と、見直し論を否定している。

   今秋には日米経済対話が本格的に動き出す予定で、日本としては、こうした場を活用して議論し、理解を求めていくことになる。そこで、財務省が描く見直し案を示せるか、農水省との調整は難航しそうだ。