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中国を徘徊する「灰色のサイ」 3つの経済危機は回避できるのか

   現在の中国経済について語る際、「ブラックスワン(黒い白鳥)」「転ばぬ先の杖」などの言い方ではなく、最近、『人民日報』のトップページに掲載された論説委員の記事の中の「灰色のサイ」ということばが注目されている。

   「灰色のサイ」という概念は、米国の学者ミシェル・ウッカー氏が2013年1月にダボス世界経済フォーラムで提起したものである。『灰色のサイ:発生する確率の高い危機にどう対処するか』は、彼女の著作であるが、それによると、「ブラックスワン」は発生する確率は低いが大きな影響を与える事件のことであり、「灰色のサイ」とは発生する確率が高い上に影響も大きな潜在的リスクのことだ。

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予兆は目にしていたのに、防ぎきれない

   灰色のサイはアフリカの草原で成長し、体が並外れて大きくて重く、反応も遅い。我々が遠くから見ていても、サイは全く気に留めない。しかし、サイは一旦狂ったように走り出すと、一直線に猛突進し、その爆発的な攻撃力の前に、我々はあまりにも突如過ぎて防ぎきれず、吹き飛ばされて地面に転がってしまう。そのように、突如やって来る災厄、もしくはあまりにも小さすぎる問題に端を発している危険ではなく、多くの場合は長きにわたってその予兆を目にしてきたにもかかわらず、注意を払わなかっただけという例えなのである。

   言い換えると、金融システムの崩壊のような「ブラックスワン」が突如として到来するのに対し、「灰色のサイ」は長きにわたって積み重なったものがようやく姿を現してくるというものだ。

10年前も暴走した「灰色のサイ」

   「灰色のサイ」は発生する確率の高いリスクであり、社会の各分野で相次いで登場している。多くの経済事件は、「ブラックスワン」というよりも「灰色のサイ」であり、爆発前にすでに前兆が見られているが、無視されてきた。

   例えば、2007年から2008年までの金融危機は、一部の人々にとっては「ブラックスワン」的な事件であるが、大多数の人々にとってこの危機は数多くの「灰色のサイ」が集まった結果である。早くから警告を示す兆候が見られていたのだ。

   国際通貨基金と国際決済銀行は危機が発生する前に、継続的に警告を発していた。 2008年1月、世界経済フォーラムはリスク報告で、予想されている不動産市場の衰退、流動性資金の緊縮、そして高止まりしているガソリン価格など、どれも実際に発生して経済崩壊のリスクを押し上げていると指摘していた。

   現在、不平等という問題も一種の「灰色のサイ」かもしれない。この問題も、もはや今に始まったことではないが、これまでずっと重視されてこなかった。金融危機勃発後から今日に至るまで、世界経済でも特に先進経済地域の蘇生は力のない状態のままであり、中流及び貧困層の生活は悪化の一途をたどり、貧富の差は拡大している。最終的に一連の「ブラックスワン」事件を招く要因の一つになるかもしれない。

   中国人民大学・重陽金融研究院の高級研究員である何帆氏は、「未来経済学において最も重要な問題は収入の不平等であり、この問題は世界経済の頭上にある『ダモクレスの剣』である」と指摘している。

最大の「サイ」は不動産バブル

   現在の中国経済において「灰色のサイ」は何か?

   中国金融改革研究院の劉勝軍院長は、不動産バブルこそ疑問の余地なく最大の「灰色のサイ」だと表明した。「一方では中国の住宅価格のバブル化に関してもはや議論はされていないが、他方では住宅価格の調整や管理がかつてないほど効力が失われており、多くの人々が『住宅価格は二度と下がらない』という錯覚に陥っている」と彼は語った。

   2頭目の「灰色のサイ」は通貨、人民元の切り下げだ。切り下げによる資金の流出は1997年のアジア金融危機のような大きな動揺を引き起こす。この2年、中国国内資産価格の高止まりや経済成長の減速、経済モデルチェンジの不確実性などの要素の影響で人民元の切り下げ予想が形成され、外貨準備高が4兆ドルから3兆ドルに減少するという事態を招いた。最近の外貨準備高はやや安定しているとはいえ、それは主に為替管理を強化した結果であり、人民元切り下げの予想はまだ完全に払拭されていない。

   3頭目の「灰色のサイ」は、銀行の不良資産の増加だ。現在、政府側が公表した銀行の不良資産率は2%前後で、これは非常に良い数字だ。しかし、株式市場の銀行株の株価から見ると、不良率は明らかに低く見積もられている。多くの銀行株の実勢利回りのPE値(株式の時価と純利益の比)は5倍前後で、今のところA株式市場の株価収益率の中央値の60倍以上。銀行株のP/B値(一株当たりの株価と一株当たりの純資産の比率)は2倍以下である。これは、株価がすでに一株当たりの純資産を下回っていることを意味している。

米国に似てきた住宅ローン事情

   最大の「灰色のサイ」と見なされている不動産バブルについて、天風証券マクロ分析チームは米国の金融危機を鑑に、中国の住宅価格における「セーフティクッションの厚さ」を分析した。

   米国の家庭での住宅ローン支出の平均と世帯収入の比率は、2000年以降急速に上昇し、2000年の時点でこの指標は65%だったが、2006年にはすでに99%に達しており、住宅ローンによる圧力の限界に限りなく近づいていた。世帯収入の全てを住宅ローン支出につぎ込むならば、家計が崩壊するのは時間の問題だ。2007年に米国の家庭での住宅ローン支出の平均と世帯収入の比率は101%に達し、極限点を超えると同時に危機が発生した。

   中国の家庭の住宅ローン支出と世帯収入の比率は、2006年から2016年までに33%から67%に上昇した。2013年から2016年までの間に、不動産価格も大幅に上昇した。その様相は、2001年から2004年にかけて、米国の国民が積極的にレバレッジをかけた過程と似ている。

   世帯における債務という観点から見れば、2016年の中国は2004年の米国にかなり似ている。2016年下半期に中国は通貨政策の緊縮と住宅購入制限政策を打ち出したのに伴い、中国の世帯においても能動的なレバレッジから受動的なレバレッジに変わりつつあるが、住宅ローン支出と世帯収入の比率は、今後も上昇を続けることだろう。

   天風証券は、「これは良い兆候ではなく、中国の『灰色のサイ』が動き出したのかもしれない」と見ている。ただ、中国における現在の住宅ローン支出と世帯収入の比率は、米国で危機が勃発した時の水準と比べると、まだ比較的、安全な状態にあり、「灰色のサイ」とは、まだ安全な距離を取っているともいえるが、サイが暴走しないとも言い切れないのだ。

(在北京ジャーナリスト 陳言)