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トランプが引き金を引いた新中東危機の行方 エルサレムのイスラエル首都認定

   トランプ大統領がエルサレムはイスラエルの首都だと認定し、現在、テルアビブにある米国大使館をエルサレムに移転すると発表した。パレスチナやアラブ世界では反発が広がっている。決定を「無効」とし撤回を求める決議は、国連安保理では米国の拒否権で廃案となったが、国連総会では圧倒的な賛成多数で可決し、米国の孤立が明らかとなった。今回のトランプ氏の決定は中東と世界に何をもたらすのだろうか。

  • エルサレム問題は新たな中東危機の火種
    エルサレム問題は新たな中東危機の火種
  • エルサレム問題は新たな中東危機の火種

和平の前提を崩したトランプ大統領

   エルサレムは城壁に囲まれた1キロ四方の広さの旧市街に、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」、イエス・キリストが葬られたとされる場所にたつ「聖墳墓教会」、イスラムの聖地「アルアクサ―モスク」という3つの宗教の聖地がある。もともと1947年の国連パレスチナ分割決議では国連管理となっていたが、48年の第1次中東戦争で、旧市街を含む東エルサレムはヨルダンが支配し、西エルサレムはイスラエルが支配し、東西に分断された。

   1967年の第3次中東戦争でイスラエルは旧市街を含む東エルサレムを、ヨルダン川西岸やガザと共に占領した。さらに1980年に制定した基本法で東エルサレムを併合した「統一エルサレム」を首都と宣言した。しかし、当時の国連安全保障理事会は決議478号を採択し、「イスラエルの基本法を認定せず、基本法に基づくイスラエルの行動はエルサレムの地位を変更しようとするものとして認定しない」と決定した。

   決議では「この(イスラエルの)行動は中東での包括的で、公正で、恒久的な和平の達成に対する深刻な障害となる」としている。今回、中東和平の仲介者である米国が、この決議に反する行動をとることは、和平の仲介者の役割の放棄というだけに止まらず、イスラエルとパレスチナの間の紛争で、イスラエルの違法な占領行為に加担することになる。

   オバマ政権までの歴代の米大統領は「土地と和平の交換」の原則に基づいて中東和平を仲介してきた。1967年に国連安保理が採択した安保理決議242号によって、イスラエルが占領地から撤退し、アラブ諸国がイスラエルの主権と生存権を認めるよう求めたことに基づく。イスラエルが占領地である東エルサレムを併合し、首都として宣言したことは、この和平プロセスの前提に反する。トランプ大統領は今回、「決定は、我々が恒久的な和平合意を仲介する強い役割から離脱するということではない」と主張したが、和平の前提を崩しながらなお和平を語るのは、欺瞞というしかない。

   イスラエルは東エルサレムの併合だけでなく、東エルサレムとヨルダン川西岸で60万人が住むユダヤ人入植地の建設、西岸に食い込んでいる分離壁の建設なども、占領地の現状を変更するものとして国際法違反と指摘されている。さらに現在のネタニヤフ首相はパレスチナ国家の樹立に厳しい立場をとる右派リクードと極右政党、宗教政党との連立となっている。

イスラエルが軍事作戦とる公算が大

   今回のトランプ大統領の決定は、ネタニヤフ政権の対パレスチナ強硬政策に事実上のフリーハンドを与えるものとなろう。トランプ政権ではティラーソン国務長官もマティス国防長官も治安上の懸念から移転に反対したと報じられているが、それを押し切って、トランプ氏の意思が通ったことになる。トランプ大統領は選挙運動中からエルサレムへの米大使館の移転を掲げ、親イスラエルの姿勢を表明していた。ネタニヤフ政権や親イスラエルのユダヤロビーと関係が深い娘婿でユダヤ教徒のクシュネル大統領上級顧問の影響力が大きいとされる。

   トランプ大統領の後ろ盾を得たネタニヤフ政権が、今後、さらに対パレスチナで既成事実を積み上げるために入植地の拡大や自治区に対する軍事作戦など強硬策をとる可能性は強い。イスラエルでは2019年11月以前に総選挙が行われる予定で、選挙前に国民の支持をとりつけるために、対外的軍事行動に出るのは、イスラエル政権の常套手段である。

   問題は、イスラエルが対パレスチナで強硬手段に出て、トランプ政権が支持した場合、親米アラブ諸国の対応が問われる。米国の顔色をうかがって、アラブ諸国の政権が曖昧な姿勢をとることによって、民衆の反発が政権に向かい、中東での政治的な危機が生まれる可能性がある。

   2017年12月に、シリア内戦で生まれた「イスラム国」(IS)の首都が10月に制圧された後、トランプ氏の決定でパレスチナ問題が動き始めたことは、暗示的である。中東は1990年-91年の湾岸危機・湾岸戦争、▽2001年の9.11米同時多発テロとその後のイラク戦争、▽2011年の「アラブの春」――と、10年ごとの大規模な危機が起こっているが、危機の前に必ずパレスチナが動いている。

   湾岸危機・湾岸戦争の前の1987年12月にパレスチナの第1次インティファーダが始まった。湾岸戦争中にイラクがイスラエルに向けてスカッドミサイルを撃ったことは、パレスチナ問題と中東危機の関係を示している。2001年の9.11米同時多発テロの前年の2000年に第2次インティファーダがパレスチナで始まった。2011年の「アラブの春」の前には、2008年末から09年1月にかけてはイスラエル軍によるガザ攻撃・侵攻があった。

政権打倒の流れか反欧米テロの流れか

   パレスチナ問題が中東危機の引き金となるのは、歴史的にイスラエル建国やパレスチナ問題を生み出した欧米の中東に対する欺瞞的な関わりと、言論の自由も民主主義もない中東の政治状況など、中東が抱える矛盾が、パレスチナに集約されているためだろう。パレスチナで紛争が激化すれば国際的な問題となり、アラブ諸国の対応にも注目が集まり、過激派を含む政治組織の活動も活発化する。

   アラブ世界のイスラム過激派は、イスラエルとの平和条約を結んだエジプトのサダト大統領を暗殺したジハード団のように政権打倒に動く流れと、9・11米同時多発テロを起こしたアルカイダのように反欧米テロに動く流れがある。どちらの過激派も、今回のトランプ大統領の決定に対するアラブ・イスラム世界の民衆の怒りを、自分たちへの力に変えようとするだろう。

   現在のシリア内戦やISの樹立は、2011年の「アラブの春」という大規模な危機のつながりであるが、IS首都の制圧で外見的には危機は終息に向かっている。しかし、エルサレム問題に火をつけるトランプ氏の決定によって、中東が抱える政治的な矛盾が強まり、新たな危機の噴出に向かって動き始めたと考えるべきである。新たな危機が「アラブの春」のような中東での政治危機になるのか、「9・11米同時多発テロ」のような欧米での大規模なテロになるのか、または湾岸戦争、イラク戦争のような戦争になるのかは、今後、中東情勢を注視していくしかない。

(中東ジャーナリスト・川上泰徳)