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子がつく名前は「はじめから終わりまで...」? 拡散する「いい話」の正体を探る

   「子」がつく名前には、ある「素敵な意味」がこめられている――そんな話を、あなたは聞いたことがあるだろうか。SNSを通じて拡散しているもので、たとえばこんな具合だ。

   「よくキラキラネームの逆で、しわしわネームって言われる『◯子』の子って『子供』という意味じゃなく、漢字を分解して『一』初めから→『了』終わりまで人生をしっかり全うできるよう。という願いが込められてる幸せな事知ってますか?

   あなたの名前は素晴らしいんだよ」

  • AKB48(当時)の篠田麻里子さんも、2011年にツイッターでこの説に言及している
    AKB48(当時)の篠田麻里子さんも、2011年にツイッターでこの説に言及している
  • AKB48(当時)の篠田麻里子さんも、2011年にツイッターでこの説に言及している

バズって広まる「子の本当の意味」

   2017年9月、ある人物がツイッターで投稿したこのつぶやきは、2018年1月18日までに4万回以上もリツイートされた。リプライ(返信)欄には、「初めて知りましたー!(中略)子がつく名前で良かったー!」「ずぅーっと自分のしわしわネームが嫌でしたが、そのしわしわネームが素晴らしい名前だということに気付きました」といった「~子さん」たちからの反響、あるいは親たちの「その意味も込めて、子供に子がつく名前をつけました」「その意味を知っていいなぁと思って娘には子がつく名前をつけました」などという書き込みなど、「感動」の書き込みが多数寄せられている。

   もちろんこの説は、投稿者のオリジナルではない。Google検索で「子 はじめから終わりまで」といったキーワードで検索すると、ネットメディアの記事やブログ、掲示板の書き込みなどが次々と見つかる。『コピーライターが教える 子どもを幸せにする名づけのコツ』(学研プラス、2016年刊)のようないわゆる「名づけ本」でも、「あまり知られていないのですが......」として、この説に言及するものがある。

辞典類には一切記載なし

   「~子」という名前は、中国ではもともと「孔子」や「孟子」など、尊称として使われたものだ。日本では平安時代から貴族女性の名前として定着、明治以降は一般にも広まり、1970年代ごろまでは「名づけランキング」の上位を席巻してきた。一時は「古くさい」と敬遠もされたが、最近ではひところのキラキラネーム流行りの反動か、人気が再燃している。明治安田生命の2017年ランキングでは、「莉子」が第4位に入った。

   そんな「子」の名に秘められた、知られざる意味。確かにいい話。でも、本当? 「子」がつく社内の20代女性2人に尋ねてみたが、

「そんな話は聞いたことがない」

との答えが返ってくる。

   辞典の類を紐解くと、「子」の漢字は、幼い子どもの姿を元にした象形文字に起源を持つ、と説明するものがほとんどだ。

「象形。人の首(あたま)と手足の形とに象る。小児の襁褓(おしめ)の中にある故に足を併せた形に象る。故に本義は父母の間に生れたもの、小児をいふ。(中略)一説、万物のしげり生ずる形にかたどる。万物の下に滋生するより、人の子をいふ」(大漢和辞典)
「頭・手・足のある、こどもの形」(例解新漢和辞典)
「幼児の形で、両手をあげている形」(字訓)

   異説もあるようだが、少なくとも「はじめから終わりまで」などという説明は、記者が確認した限りでは確認できなかった。

金八先生、人という字は...

   『謎の漢字』(中公新書)など漢字に関する多数の著書がある、早稲田大学の笹原宏之教授はJ-CASTニュースの取材に対し、「子」に対する件の解釈は「新しいものだと思います」といい、

「篆書(てんしょ)以前の字形からはあり得ない解釈で、始めから終わりまで、という道を好む日本人が思い付き、人々が受け入れた、いかにも日本らしい俗解だと考えます」

との見解を示す。

   「人という字は、人と人とが支え合ってできている」。人気ドラマ「3年B組金八先生」(TBS系)で有名になったこの文句は、あなたも聞いたことがあるだろう。

   実際には、「人」の漢字は1人の人間が立っているのを、横から見た姿が元になっている。ほかにも、「木のうえに立ってこどもを見ているから『親』」「いそがしさに心を亡くすから『忙』」「たべることは人を良くするから『食』」――いずれも、学者による字源説とは異なる俗説だ。しかし日本では古くから、こうした話が広く好まれてきた。

   笹原教授は「子」の解釈について、「人が支え合って......」の話と同じく、「人生訓としては良いし、名付けに利用するのも自然なこと」としつつも、

「赤ちゃんの象形文字という事実と、尊称から女性の名に変わったという歴史も学ぼうとする姿勢が求められます」

と指摘する。

流行の起点は「深イイ話」!?

   「子」の解釈は、比較的新しいらしい。記者も図書館に通い、辞書のほか、漢字に関する本を硬軟合わせていろいろ調べたが、この説を紹介しているものは上記の名づけ本のほかには見つからなかった。いったいどこから出てきたのか。

   子が一と了に分解できる、というのは、それこそ子どもでもわかる。そこから、こうした「こじつけ」を思いついた人自体は、昔からいただろう。たとえば、パロディー百科事典サイト「アンサイクロペディア」には、「子の一字だけで始まりと終わりを意味しているのである」という(嘘の)解説がある。2007年12月に書き込まれたこの一節は、「子=はじめと終わり」説に言及した、ネットで見つかるものとしては比較的古い例の一つだ。

   これが、子どもの「名づけ」とからめて語られるようになったのはいつからか。調べてみると、2008年11月にテレビ番組「人生が変わる1分間の深イイ話」(日本テレビ系)でこの説が紹介されたことがわかった。

   当時の視聴者のブログなどを参照すると、

「明子さんは子どものころ、古いイメージのある『子』がつく名前が嫌だった。ある日、祖母に相談すると、子という字は一(=はじめ)と了(=終わり)、つまり生まれてから死ぬまでを表している。つまり明子という名前には、『一生明るい人間でいてほしい』という願いがこめられているのだ――と諭され、考えを改めた」

といった内容だったらしい。現在語られているものとほとんど同じストーリーであり、またネット上での「はじめから終わりまで」説も、ほとんどはこの放送以後のものということも考えると、この「深イイ話」が、現在の拡散の起点とみて良さそうだ。

   しかし残念ながら10年近く前の放送のため、どのような根拠に基づいて紹介したのかは定かではない。

「いい話」を求める人々の需要が...

   冒頭で紹介したように、この説はツイッターなどSNSを通じて広く拡散されている。その背景を、ITジャーナリストの井上トシユキさんは、

「暇つぶしに見るSNSでは、難しい話や殺伐とした話はみんな見たくない。一方、ちょっとしたいい話なら、たとえば職場などでも、『今ツイッターで見たんだけど......』のように、気軽に話しやすいですよね」

と説明する。

   たとえば、帰り道に(そこまで親しくない)知人と一緒になったとき、「北朝鮮情勢が......」なんて話はしづらい。だが、「子」のような話なら、

「子って名前には、こんな意味があるんだって」
「そういえばうちの母親も『子』がついてるけど......」

といった具合に、場をつなぎやすい。コミュニケーションの手段としての「いい話のストック」を求める欲求が、SNSでの拡散(さらにはリアルへの口コミでの広がり)に一役買っている。井上さんはそう分析する。

   漢字の「意味」を解釈したがる日本人の性格と、「いい話」が拡散しやすい現代のSNS。そして、近年の「~子」の復権。これらが合わさって起きたのが、「はじめから終わりまで」説の広がりといえようだ――といったところで、了。