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メディアが広めた「旧中山道」誤読伝説 有賀さつきさん、本人も生前たびたび訂正するが...

   旧中山道――元フジテレビの人気アナ・有賀さつきさんの死去が明らかとなった2018年2月5日、この言葉が注目を集めている。

   江戸時代の主要幹線道路だった「旧中山道(きゅう・なかせんどう)」、これを有賀さんが「いちにちじゅう・やまみち」、つまり「1日中山道」と勘違いして読んだ、という「伝説」が、しばしば語られてきたためだ。

  • 有賀さんのツイッターより。繰り返し「伝説」を否定していたが…
    有賀さんのツイッターより。繰り返し「伝説」を否定していたが…
  • 有賀さんのツイッターより。繰り返し「伝説」を否定していたが…

「きゅうちゅうさんどう...えっ、違うの?」

   だが、これは実話ではない。その場面が、実はYouTubeにアップロードされているので、確認してみよう。なおスポーツニッポンの記事によれば、番組は1991年の「上岡龍太郎にはダマされないぞ!」だという。

   「ギョーカイ人とちり実例」というフリップを手にした有賀さん、そこには、マスコミ関係者による誤読などが列挙されている。「まずは、N局美人アナですね(※編注:当時28歳とある)」――冒頭に挙げられているのが「旧中山道」、そして「とちり」の部分がめくりで隠された状態だ。これをはがしながら、

「この......『きゅうちゅうさんどう』ですよね?」

   途端にスタジオがどよめき、「えっ、違うの!?」。照れ笑いで釈明しようとする有賀さんには満場の拍手が起こり、司会の上岡龍太郎さんが、

「(旧中山道を)『いちにちじゅうやまみち』と読んだバカがおる! 『きゅうちゅうさんどう』と読まなイカン!」

と畳み掛けた――これが、「1日中山道」事件の真相だ。

   ところが、これがいつの間にか有賀さん自らが、「1日中山道」と読み間違えた、という話になってしまった。本人も、2016年11月に出演した「有吉反省会」(日本テレビ系)でこの一件に触れ、

「もう訂正しても何回も言われちゃうから、中山ヒデ(秀征)ちゃんと(相談して)、それは『私(有賀さん)がしたってことにしましょう』」

と、ある時期から開き直ったのだ――と説明したことがある。

   ちなみに、先輩アナの山中秀樹さんが訃報を受けて5日、

「確かに『きゅうちゅうさん・・』と誤読しかかり、司会の上岡竜太郎氏に「どうせ誤読するんなら『いちにちじゅう・・・』にしなさい」と突っ込まれただけの話である」

と「故人の名誉のため」ツイートしているが、少なくとも現時点で確認できるやりとりは、上記のもののみである。

朝日新聞の報道が影響した?

   しかし、この「伝説」はどのように広まったのか。

   日経テレコンのデータベースで調べた限りでは、スポーツ紙なども含め放送直後、この一件が話題になった形跡はない。ところが誤読から2年後の1993年、朝日新聞の特集記事の冒頭で、

「若手アナウンサーの言葉の乱れを指摘する声が、しばしば聞かれる。フジテレビのバラエティー番組では、女性アナウンサーが、横書きされた『旧中山道』を『いちにちじゅうやまみち』と、読んだこともある」(93年9月3日付朝刊)

と突如取り上げられた。記事では名前はないが、「フジテレビのバラエティー番組」とあるから、有賀さんが念頭にあった可能性は高い。

   これを境に、新聞などでは「アナウンサーが『いちにちじゅうやまみち』と誤読した」という話がたびたび語られるようになる。わずか2週間後には日経流通新聞(9月16日付)、続いて北海道新聞(9月22日付)、そして年明け94年には再び朝日新聞(1月8日付)と、記者コラムなどで、いかにも当たり前のように紹介されている。

   取り上げられる文脈には2種類ある。一つは、元々の記事のように、当時の「女子アナブーム」をあてこするような流れだ。たとえば1998年9月13日付スポーツニッポンは、「(フジの)某OGのAは『旧中山道』を『1日中山道(いちにちじゅうやまみち)』と読んで大爆笑を誘ったし......」と、有賀さんとみられるイニシャル付きで記している。

「漢字離れ」論争のシンボルに

   もう一つは、「漢字離れ」批判の文脈だ。94年に刊行されベストセラーになった『読めそうで読めない漢字2000』(加納喜光著)では、まえがきでいきなり、

「ある若手アナウンサーが横書きになった『旧中山道』を『いちにちじゅう、やまみち』と読んだという嘘のような話がある」

と言及している(ちなみにこの「まえがき」は、他の誤読例も含め上記の朝日記事が元ネタの可能性が高い)。

   当時はワープロ、パソコンの普及が進み、若い世代の漢字力低下が論争を引き起こしていた時期だ。当時人気女子アナだった有賀さんが新聞報道を皮切りに、いわばシンボル的にそのやり玉に挙げられ、繰り返しメディアで語られることで、不正確な「伝説」が固定化した――そんな見方ができそうだ。