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岡田光世 「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 教師に銃で生徒を守らせる大統領

   10日ほど前から、私がたまたま滞在しているフロリダ州のあちらこちらで、半旗が掲げられているのを目にした。2018年2月14日、同州で起きた銃乱射事件の犠牲者に弔意を表すためだ。

   フロリダ州でメキシコ湾岸沿いを友人の車で走っていると、前の車のナンバープレートに「SUNSHINE STATE」(サンシャインの州)と書かれているのが見えた。フロリダのニックネームだ。

  • フロリダ州のダニーデン市で掲げられた銃乱射事件の犠牲者に弔意を表す半旗。星条旗以外はレストランの経営者たちの出身国の国旗
    フロリダ州のダニーデン市で掲げられた銃乱射事件の犠牲者に弔意を表す半旗。星条旗以外はレストランの経営者たちの出身国の国旗
  • フロリダ州のダニーデン市で掲げられた銃乱射事件の犠牲者に弔意を表す半旗。星条旗以外はレストランの経営者たちの出身国の国旗

銃購入で免許も許可もいらない州

   事件の翌日、冬の間だけフロリダに住むオハイオ州出身のナンシー(60代)が、苦々しそうにつぶやいた言葉を思い出す。

「フロリダはSUNSHINE STATE(サンシャイン・ステイト=太陽が輝く州)なんて言われるけれど、本当はGUNSHINE STATE(ガンシャイン・ステイト=銃が輝く州)なのよ。21歳までアルコールを買えないのに、18歳でアサルト銃が手に入るなんて」

   アメリカのなかで、フロリダ州は銃規制が最も甘いといわれる。銃を購入するのに、州による許可も免許もいらない。一般市民の銃所持は常識になっている。

   先日、フロリダの小さな食堂で、18歳の女性と言葉を交わした。6か月の赤ちゃんをベビーカーに乗せ、赤ちゃんの父親も一緒だった。銃について尋ねると、「ロックされてるけど、実家のリビングルームのコーヒーテーブルの引き出しには、私が子供の時からいつも銃が入ってたわ」と当たり前のように話していた。

州議会は黙祷の後、銃規制動議を否決

   2月20日、フロリダの州議会は、同州で起きた銃乱射事件の犠牲者への黙祷で始まった。その後、犯行でも使われたアサルト銃と大容量の弾倉禁止の法案提出を求める動議は、下院で賛成36、反対71で否決された。

   今回の事件で友人の命を奪われ、自らも死の淵に立たされた高校生たちは、事件後すぐに銃規制強化を求めて立ち上がった。彼らはこの議会を傍聴し、決議に落胆した様子だった。

   21日、トランプ大統領はこの事件の生存者や遺族らをホワイトハウスに招き、涙ながらに訴える彼らの声に耳を傾けた。この様子は、テレビで中継された。

   トランプ氏は、「どれだけ多くの子供たちが、銃撃されなければならないのか。この政権と私が、悲劇に終止符を打つ」と約束した。

   そして、銃購入者の身元調査を強化し、メンタルケアを充実させる、さらに一部の教師が学校で銃を携帯することを提案した。

   トランプ氏は23日にワシントン郊外で開かれた「保守政治行動会議(CPAC)」でも、「教師たちが特別な訓練を受け、防衛のために学校で銃を携帯すべきだ。教師だからこそ、愛する生徒たちを守れるのだ。銃のない学校は、心に病を持つ臆病者の格好の標的になってしまう」と強調した。

   今回の事件が起きた時、現場には警備担当警察官がいたが、銃乱射が起きている建物に入り、犯行を阻止しようとしなかった。生徒や教師が自分の命をかけて仲間の命を救おうとしたなかで、「生徒を守るべき人間が、何もしなかった」と強い批判を浴びた。その一方で、「あの状況で彼に何ができたというのか」と同情する声も少なくない。

   教師が銃を携帯する案について、「警察官にできなかったことを、教師に求めるのか」、「学校は戦場ではない。必要なのは銃でなく、銃規制だ」と反発も強い。

   元海軍兵の女性教師がテレビのインタビューで、こう答えていた。

「学校がもっと安全であってほしいと思う。でも教師には訓練を受ける時間的余裕もないし、大事な教育予算をそれに費やすのは反対だ。(警察官や元軍人など)すでに訓練を受けている人材を、学校に配置する方が現実的だ。生徒たちに意見を聞いてみると、『金属探知機があったら、もっと安全だと感じられる』という子が多くて、驚いた」

共和党議員も変わり始めた

   アメリカの犯罪率の高い地域などではかなり前から、外部からの侵入だけでなく、生徒間のトラブルを監視するために、金属探知機や監視カメラを設置し、警察官を配置している学校が少なくない。

   今回の事件の容疑者は19歳で、精神的な問題を抱えていた。2月23日、フロリダ州のリック・スコット州知事は、州内の全公立校への警察官配置や、メンタルヘルスの強化、銃購入の年齢の18歳から21歳への引き上げを提案した。

   全米ライフル協会(NRA=National Rifle Association)から政治献金を受けている共和党の議員の間でも、こうした規制強化を支持する声があがっている。

   20日に実施された全米の世論調査によると、今回の事件でも使われたアサルト銃の所持禁止を67%が支持している。一方、反対派は「こうした銃器が出回っている以上、自分や家族の命を守るためには同様の銃器が必要だ」などと主張する。

   フロリダ州ダニーデンに住む70代の男性、クリスは、銃のある家庭で育った。「自分や家族の身を守るため」に、今もクロゼットに銃を保管していると、実際に見せてくれた。ほかの人が使えないように、鍵は本棚に隠してある。

   クリスは言う。

「個人が銃を持つ権利は守られるべきだし、ほとんどの銃所持者は、きちんと銃を管理している。精神疾患のある人の銃保持や、アサルト銃は禁止すべきだ。銃規制に反対する人たちは、何かひとつ規制して取り上げられたら、ずるずるとすべて規制されてしまうと恐れているんだ。でも、そう考えるのは間違っている。そんなことになるはずがない。
銃規制強化を求めて今、全米の高校生たちが怒り、動き出した。こうした若者たちが、やがて投票できる年齢になる。若者や女性たちがさらに声をあげ、銃規制はこれから徐々に強化されていくはずだ。でもそれには、10年、20年と長い年月がかかるだろう」

(敬称略。随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。