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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 「もう顔も見たくない」コミュニティの亀裂

   今回はフロリダ州ダニーデンにある、友人夫婦が住むコミュニティの「トランプ」をめぐる人間模様について書きたい。このコミュニティにはスノーバード(snowbird)と呼ばれる避寒者が多い。米北部やカナダなどの厳しい寒さを避けて、冬の4、5か月間を温暖なフロリダで暮らす。

   前回の記事「大統領支持を公言できない市民の本音」で、友人夫婦の知り合いのクリス(70代)は自宅に私を呼び、それまで溜めていたものを一気に吐き出すように、トランプ大統領を支持する熱い思いを語ってくれた。

  • フロリダのハネムーン・アイランド州立公園などの美しいビーチは、冬場、多くの避寒者でにぎわう
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顔色が変わった友人

   クリスの自宅から戻ってくると、友人は待ち構えていたかのように、「で、クリスは一体どんな理由で支持してるんだって?」と私に聞いてきた。

   クリスは用意していたトランプ支持の資料を封筒に入れ、しっかり封をして私にくれた。トランプ氏に強い反感を持つ、その友人に見られないために。

   その友人の家では話したくないと言っていたので、ためらっていると、「どうせ記事に書いたらみんなが知るんだから、いいでしょ」と言う。

「自分で聞いてみたら?」
「友情にひびが入るのは、避けたいのよ」

   クリスがくれた資料に封がしてあると知ると、「誰に見られたくないのかしら。たぶん、自分の妻だわ。彼女はトランプ支持者じゃないはずよ。以前、労働組合に関わっていたらしいし」と言った。

   じつはクリスの妻も、トランプ支持者だった。その妻は「でも、私はプロチョイス(中絶権利擁護派)。そこはトランプとは意見が違うの。妊娠して苦しんだ人を何人も見てきたから」と私に話していた。

   フロリダ滞在の初日、空港からこの友人のタウンハウスに到着するやいなや、彼女は二軒先に住むジェリー(79歳)と立ち話を始め、私を紹介した。

   この「岡田光世『トランプのアメリカ』で暮らす人たち」の連載を書いていると知ると、ジェリーは声をひそめ、「あなた、私の意見はたぶん聞きたくないでしょうね。トランプは素晴らしい大統領だわ」と笑った。極端に民主党寄りのニューヨークから私が来た、と知ったからかもしれない。ジェリーはウエストヴァージニア州、夫のアルはオハイオ州出身だ。

   それを聞いたとたん、友人の顔色が変わった。家に戻ると、彼女は落胆した様子でつぶやいた。

「ジェリーもアルも、とてもいい人なのに。一体どうして、トランプなんか支持できるの?」

同性結婚と中絶めぐる価値観

   数日後、ジェリーの家を訪ねた。彼女とアルは、クリスと同じ保守派キリスト教の教会に通っている。お互いに共和党と知り、喜び合ったという。

   「ここのコミュニティじゃ、共和党支持者は少ない。トランプを支持していることで、人間関係がぎこちなくなった」とクリスは私に話していた。

   ジェリーは、「日頃、この話にはなるべく触れないようにしているわ」と言い、トランプ大統領がいかにアメリカ人に仕事をもたらしているかなど、クリスと同じような話を私にしたあとで、宗教に触れた。

「私はキリスト教プロテスタント派で、神を信じているわ。同性結婚や中絶には反対です。トランプは私たちの価値観に近いの。トランプが大統領になったのは、神の御心だと思っているわ。トランプはこの国の大統領なのだから、敬意を払うべきでしょう。何を成し遂げ、どんな大統領になれるか、メディアも彼に反対する人たちもトランプを見守り、チャンス与えてください、と神に祈っているの」

   私がキリスト教系の学校出身でクリスチャンと知ると、ジェリーもアルもとても喜び、一緒に教会に行かないかと誘ってくれた。アメリカのプロテスタントで最も人口の多い、保守的なバプティスト派の教会だった。この地域は、米南部から中西部にかけてキリスト教保守派の影響力が強い「バイブル(聖書)ベルト」に含まれる。

   友人の家に戻ると、彼女は今度もまた待ち構えていたように、ジェリーが何を話したか知りたがった。

   教会に一緒に行く約束をした話をすると、意外にも「あら、よかったじゃない?」と答えたが、バプティスト教会と知ると、目を白黒させた。

「それって聖書を文字通りに解釈する人たちよ。あんな大昔に書かれたものを、文字通り信じてるなんて、あり得ないわ」

   友人は女性の権利や地位の向上を日々、口にし、中絶もプロチョイスの立場に立っている。

「同性結婚にも反対だって、ジェリーが言ったの? そう言ったのね?」

   ジェリーは、「神は男性のために男性を作ったのではなく、女性を作ったのよ。同性同士でどうやって子供を作るんですか」と私に語った。

   このコミュニティには、ゲイカップルの高齢女性が同居している。ふたりともショートカットで、知的で活発そうな雰囲気がとてもよく似ている。ひとりは博士号を持ち、ふたりとも大学で働いていた。一緒にいるところを私も何度か見かけ、言葉を交わした。感じのいい人たちだった。友人はこのふたりのことを、とても気に入っていた。

   「女性は子供を作るための道具じゃないわ」と友人は声を荒げた。

   じつは友人は最近、クリスがよそよそしくなったと感じ始めた。「自分がゲイの女性ふたりと親しげにしているからかもしれないわ」。

ピクニックで始まった論争

「トランプ支持派と反トランプ派が顔を突き合わせて、冷静にお互いの考えに耳を傾け合ったらどうなのかしら」

   私がそう提案すると、友人も深くうなずいた。

「だから私は、CNNやNBCだけでなく、FOXも見るようにしているわ。FOXはあまりに偏った報道で、聞いていて堪えられなくなるけれど。トランプ支持者はCNNやNBCを、反トランプ派はFOXを見て、そのあと、お互い冷静に感想を述べ合ったらいいと思うの。私は公平に判断して、冷静に話せる自信があるわ」

   ジェリーを訪ねた翌々日の夕方、コミュニティの敷地内で週一度のピクニックがあった。皆で料理や飲み物を持ち寄り、交流を深める。コミュニティは大きいが、ここに集まるのは、近くに住む20世帯ほどだ。せっかくいろいろな人が集まるのだから、トランプ氏に対する意見を聞いてみたかったが、和やかな雰囲気を壊したくはない。

   数日前に手作りの豆料理を届けてくれた女性(50代)が、すぐそばにいたので何気なく声をかけてみた。

   「ほかの人に聞かれちゃうから、ここではちょっとね」とその人は答えた。

   やがてひとりふたりと家に帰っていき、友人夫婦と私以外に、一組の男女が残った。ジョージという50代くらいの男性に、「ちょっと質問してもいいですか」と尋ねると、「何でも答えるよ」と言うので、トランプ氏について聞いてみた。彼は、コミュニティに住む女性のボーイフレンドらしい。

「トランプは大好きさ。生まれて初めて、ああ、俺たちアメリカ人のためのアメリカにいるんだって、そういう気持ちにさせてくれたよ」

   「そうそう、私も同感」と、彼のガールフレンドが少し離れたところに立ったまま、合いの手を入れる。

「じゃあ、オバマが何をしたか教えてくれよ」

   そこへ私の友人がやってきてジョージの前にすわり込み、穏やかに声をかけた。「私も聞きたいわ。トランプが私たちのために何をしてくれたか、教えてちょうだい」。

「じゃあ、オバマが何をしたか教えてくれよ」
「まず、私の質問に答えてよ」
「オバマがしたことをリストアップしてくれ。何もない。何もしなかったんだよ。アメリカの大統領でいることに、鼻高々だっただけさ。エゴの塊だ」

「まったくその通り」。ジョージのガールフレンドが再び、合の手を入れる。

「エゴの塊は、トランプの方でしょう」
「ま、政治家は皆、エゴの塊だ。オバマが何をしたか、教えてくれよ」
「い、今すぐには思いつかないけれど、家に帰ればちゃんとリストがあるわ」

   友人も感情を抑えようとしているが、イライラしている様子が伝わってくる。

   「ジョン・F・ケネディもアイゼンハワーも、業績を挙げることができる。でもオバマは何もない」とジョージは声を荒げた。

   興奮している彼は、友人や私の顔につばを飛ばしながら話し続ける。

   「あなたは話を変えて、私の質問に答えてないじゃない」と友人。

   ジョージが雰囲気を和らげようと、友人の両手を包むように軽く両手で触れると、友人が「お願い、触らないでちょうだい」と丁寧に拒絶した。

   「わ、悪かったよ」と彼が謝った。

「トランプは税金を下げて、アメリカ人のために仕事を作ってるじゃないか。それに......」
「どれだけの仕事を作ってるの? あなたの情報源は何? FOX以外のニュースも見ているの?」

   彼の話を友人がさえぎろうとしたので、「ジョージにも話させてあげて」と私が何度か口をはさんだ。

「ロシア疑惑は何だ? 一年たって何が明るみに出たって? 何もない。もともと、疑惑なんて何もないんだから」

   「もう帰るわ」と突然、友人が立ち上がった。「遅くなったし」と付け加えたが、かなり気分を害していることは、はた目にもわかる。

   30分ほどして友人の家に戻ると、彼女は怒り心頭に達していた。

「最初、別の話をしていた時は、ふたりともいい人だと思ったのに。とくにあの男。もう二度と顔も見たくないわ。典型的なレッドネックよ」

   レッドネックとは、無学で偏見に満ちた田舎の貧困白人層のことだ。野外労働すると南部の強い日差しで首が日焼けして赤くなることから、そう呼ばれる。

   「その言葉は、蔑称でしょう」と私が言うと、「そうよ。そうだけど、あの男はそれ以外の何者でもないわ」と友人。

   トランプ支持派と反トランプ派が顔を突き合わせて、冷静にお互いの考えに耳を傾け合う夢は、すっかり遠のいてしまった。


(敬称略。随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。