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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 福音派と大統領の蜜月は続いている

   教会に来たはずが、そこは巨大な映画館か、野球のスタジアムのようだった。広々としたロビーにレセプションがあり、カフェも設置されている。

   礼拝堂はまるでコンサートの会場だ。ステージのロックバンドに合わせ、ゴスペルのオンパレードだった。伝統的な賛美歌はひとつも歌わない。

  • 米国民でキリスト教福音派の8割がトランプを支持しているという
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メガチャーチを誘致する自治体

   この連載の前回の記事「『大統領支持者の教会へ行ってみた』」で、ジェリー(79)と夫のアル(80)が、私がクリスチャンと知って、自分たちの通う教会に連れていってくれたのだ。2018年2月、フロリダ州クリアウォーターでのことだ。

   ここカルバリー・チャーチは、南部バプティストのメガチャーチ(礼拝に2千人以上が参加する巨大教会)だった。バプティストのなかには、聖書原典の内容を完全に正しいものと解釈する人も多く、保守・キリスト教右派的なキリスト教根本主義の傾向が強いとされる。

   1866年に設立されたカルバリー・チャーチは元々、町の小さな教会だったが、今や信者6千人のメガチャーチへと成長した。

   礼拝は最初から最後までカジュアルな雰囲気。祈りは、マイク片手に、ピアノ演奏をBGMに捧げられる。牧師は堅苦しいローブなど身につけず普段着で、説教もカジュアルだ。照明や音楽を効果的に使い、話の導入にビデオを見せるなど、演出も凝っていて、信者を飽きさせない。

   近年、若者を中心に教会離れが進み、伝統的な町の小さな教会が伸び悩む一方で、敷居の低いメガチャーチは急成長を遂げた。今、全米に1500以上のメガチャーチがあるとされ、出席者数は7百万人。1990年代の7倍以上と、大幅に伸びている。

   メガチャーチの多くは、人口増加によって都市が拡大した郊外に進出した。新たな土地でコミュニティを求める人たちや、それまで宗教に関心のなかった若者を呼び込んでいった。町の活性化のために、メガチャーチを誘致する自治体もあった。

「税金」ではなく「寄付」

   実際に礼拝に参加してみるとわかるが、コンサート会場で感じるような高揚と連帯感を覚える。前回の記事で触れたように、牧師の説教は聖書に沿ったもので、内容はとくにほかの教会と変わらなかった。上から目線でなく、私たちのひとりとして語りかけるようで好感も持てる。スタッフも皆、明るく感じがよい。

   オハイオ州在住のジェリーとアルは、寒い冬の間だけフロリダで暮らす。フロリダで通う教会を探すためにさまざまな教会の礼拝に参加してみて、気に入ったのが、たまたまメガチャーチだった。聖書に沿った引き込まれるような牧師の説教と、プロに近い活気のある音楽が決め手になったという。

   この教会では洗礼の時、身体を水に浸す。「イエスが同じように洗礼を受けたのだから」とジェリーが語るように、バプティストにとっては当然のことだが、それを知らないと異様に感じるかもしれない。

   メガチャーチは大きいだけではない。その下に小さなグループがあり、個々のニーズにも応えている。「独身者」、「既婚者」、「家族」など、それぞれが同じ立場の仲間と出会い、参加できるスポーツやアートをはじめ、さまざまなイベントも用意されている。ハリケーンなどの災害では真っ先に、精神的にも物質的にも援助の手を差し伸べた。失われつつあるコミュニティの役割を、メガチャーチが果たしてきた。

   保守・キリスト教右派の多くは共和党支持者で小さな政府を望んでいるが、貧困などの社会問題に関心がないわけではない。旧約聖書の記述をもとに、収入の10%を寄付すべきとする人は少なくない。実際にはその割合に個人差はあるものの、収入の一部を「神に返す」のは当然のこととほとんどの人は考えている。

   政府に強制的に税金を取られたくはないが、寄付やボランティアという形で自分の意志で社会に貢献することはいとわない。地球レベルの関心はないかもしれないが、少なくとも自分たちが住む地域のなかで、助け合いの精神は培われている。

1970年代後半から政治に積極的に

   しかし、メガチャーチは「商業主義」や「カルト」といった批判の声も強い。多額の寄付金や宗教グッズの売り上げがあり、ハリウッドスター並みの知名度とカリスマ性を持ち、ベストセラー本を書いて莫大な富を手にした伝道師もいる。

   さらに、メガチャーチの多くが聖書をそのまま信じる傾向の強い福音派であることが、他のキリスト教徒やリベラル層の危機感をあおっている。

   福音派は1970年代後半から積極的に政治に関わるようになった。「伝統的な価値」の衰退を批判し、人工妊娠中絶や同性愛に反対し、ロビー活動や選挙運動を繰り広げた。

   アメリカ人の4人に1人が福音派といわれる。2016年の大統領選では、トランプ氏が福音派から圧倒的多数の支持を得たことが勝因となった。南部バプティストを中心とする福音派の8割が、大統領選でトランプ氏に投票したとされる。その支持率は、近年の共和党大統領候補と比べても極めて高い。

   トランプ氏は長老派教会の信者だが、教会にはクリスマスに足を運ぶ程度で、「神にゆるしを乞うたことがあるか」と聞かれ、「何のために?」などと答えていた。ところが福音派に取り入るために、「祖母にもらった聖書を、今も持っている」などと福音派の牧師に話したと言われている。

「神が遣わせたユダヤ人」

   福音派の票を確保するために、トランプ氏は副大統領候補に敬虔な福音派のマイク・ペンス氏を選んだ。最高裁や連邦判事に、保守派を選ぶと公約した。イスラエルの首都をエルサレムと認定、米大使館をエルサレムに移転すると約束した。福音派は聖書の一節を、「神がイスラエルの地をユダヤ人に与えた」と解釈しているからだ。

   メガチャーチの伝道師たちは宗教アドバイザーとなり、トランプ氏に福音派の考えを伝えた。そして大統領になってからも、トランプ氏を擁護する発言を繰り返してきた。

   テキサス州ダラスのロバート・ジェフレス牧師は、「福音派は十戒を信じている。ポルノ女優と不倫などすべきではない。だが、それとトランプ氏の政策や強いリーダーシップへの支持は、まったく別問題だ」と語った。

   カリフォルニア州の教会のデイヴィッド・ジェレマイア牧師は、「キリスト教徒を助けるために、若いユダヤ人カップルを神が遣わせた」とし、ジャレッド・クシュナーとイヴァンカ・トランプをナザレのヨセフ(聖母マリアの夫)と聖母マリアに例えた。

   ジョージ・W・ブッシュ元大統領のスピーチライターで福音派のコラムニスト、マイケル・ガーソン氏は、2018年3月、アトランティック・マンスリー誌に掲載された長文エッセイで、「隣人を愛すべき私たちが、人種差別主義、性差別主義、白人至上主義で非道徳的なトランプ氏を支持・擁護し続けている。最悪な指導者たちから今すぐに、信仰を救わねば」と福音派組織を厳しく非難している。

   しかし、2018年4月の世論調査でも、福音派の白人の8割が未だにトランプ氏を支持している。

   福音派とトランプ氏の蜜月の関係は、果たしてどこまで続くのか。


(随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。